「”新旧10番対決”、という報道にはとらわれてはいません。俺が俊さんと戦うわけではない。マリノスがジュビロと戦うんだから」

 今シーズンから名門、横浜F・マリノスのエースナンバー、背番号10をつけることになった齋藤学は、その胸中を試合3日前に語っている。対戦相手は、昨シーズンまで10番をつけていた中村俊輔を擁するジュビロ磐田。構図は必然的に「10番対決」となったが、齋藤はそこに執着していなかった。

「10番は『つけたい』と志願しました。苦しいときに何とかしてくれるのが、自分にとっては10番で。11番のときも同じ気持ちでやっていたけど、自分にプレッシャーをかけたかった。もう一個、上にいくために。でも実際、同時にキャプテンに指名されたので、チームとしてどう戦うのか、という方が大きくなった。俊さんがいなくなった数カ月で、自分たちのチームがどう成長したのか。それを証明しますよ」

 齋藤は10番というよりも、キャプテンの顔で言った。


中村俊輔(磐田)のチャージをかわす齋藤学(横浜F・マリノス) 4月8日、日産スタジアム。横浜FMはクラブ創立25周年記念試合を戦っている。奇しくも相手の磐田には、横浜FMの看板選手だった中村がいた。

「負けられない」

 横浜FM陣営には、そんな気運が漲(みなぎ)っていた。

 その流れを作り出したのは、主将である齋藤だった。前節、セレッソ大阪に不甲斐ない内容で敗れた後、緊急にミーティングを行ない、チームに活を入れた。

「連勝してから勝てなくなって、気の緩みを感じたんです。優勝するためになにが必要なのか。ひとりひとりが戦う姿勢が必要だった」

 そう明かしていた齋藤自身が、立ち上がりから横浜FMの攻撃を牽引した。左サイドから中央へと、ドリブルでバックラインの前を横切る。一気に縦を突っ切れるだけに、肌が粟立つような凄(すご)みがあった。

 ディフェンダーにとっては、膝が震えるような恐怖だろう。どの扉から侵入してくるかわからない。施錠したはずの鍵が、バチンと外されるのだ。

「畏怖」

 齋藤は磐田の守備陣にそれを与え、身体を凍りつかせ、思考を鈍くさせる。

 前半26分だった。左サイドでボールを受けた齋藤は、間合いを詰められないディフェンダーをあざ笑うように右に外す。そこで中村、ムサエフと複数の選手に囲まれるも、さらに抜け出されるのを恐れて飛び込めない心理を利用。フリーに近い状態でピンポイントのクロスを打ち込んでいる。

「オフサイドか微妙だと思ったけど、マル(マルティノス)が見えた」

 齋藤は先制点の場面をそう振り返ったが、顔を上げ、視野も確保していた。

 昨シーズン途中から、齋藤のプレーは「突破、崩し」だけではなくなっている。パスの出し手としても成熟。どこで受け、どこに走らせるか、スペースを使う力量が格段に上がった。例えばこの日も、中央から左タッチラインにボールを引き出した後、敵センターバックを釣り出し、中央に天野純を引き込み、パスを通し、決定機を作っている。その直後には逆に中央寄りにポジションを取り、左タッチラインへ天野を走らせた。

「齋藤が戦術」。浦和レッズのミハイロ・ペトロヴィッチ監督は的確に表現していたが、横幅だけを使い、プレーメイキングをし、決定的打撃を与えられる選手は、Jリーグには他にいない。プレーの渦の中心になっているのだ。

 一方、磐田の戦術も中村を中心に回っていた。彼が中盤で左足にボールを収めるだけで、前線に動きが出る。中村が蹴った左CKのこぼれを、大井健太郎がボレーで叩き込んで同点に追いつく。試合はどう転んでもおかしくはない時間が続いた。

「(後半55分に)アダイウトンを投入した10〜15分がキモだった」(磐田・名波浩監督)

 その磐田の猛攻が、ぴたりとやんだ頃だった。

 72分、齋藤がカウンターから反撃に出る。弾むようなドリブルからウーゴ・ヴィエイラの決定機を演出。その直後だった。齋藤は3列目に下がった位置から、エリア内にいた金井貢史に絶妙な縦パスを打ち込む。それは中村が得意とする、中盤でスキルとビジョンを使うプレーだった。

「貢史君が見えた。いいところにいるな」(齋藤)

 パスを受けた金井が右足を振り抜き、これが決勝点になった。

 試合後、齋藤は自ら中村に話しかけ、ユニフォーム交換を要求している。しかし、中村はそれを「中で」と断った。世代交代は、儀式としては行なわれていない。

「ミーティングの成果が出ました! みんな、戦っていましたから」

 齋藤は試合後、屈託のない表情で洩らしている。それはキャプテンとしての本音だろう。一方で、1人のプレーヤーとしての不満も口にした。

「ゴールしていないんで。まだまだです。無回転で1本打ったんですけどね」

 彼は純粋に、サッカーがうまくなりたい、という気持ちを失っていない。かつて中村がそうだったように。2人の10番には、2人の間でしか測れない共感と敬意がある。お互い、10番を意識しないはずはないだろう。齋藤は一度、ためらわずに中村を後ろから削った。危険な選手と感じたからだ。

「俊さんは10番を付けて、チームを動かしていた。マリノスで育った自分にとって、特別な番号で。その10番をつけ、キャプテンとして優勝を目指す。それで自分も変われるはずだし、なかなか経験できることではない」

 齋藤はなにかに突き動かされるように自分に興奮しながら、勝利の夜を噛みしめた。

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