ハンセン病の元患者である小牧義美さん(86)は、16年前に中国のハンセン病快復者村にやって来て、高齢者の後遺症のケアを行ったり、快復者村の村民や中国のボランティアに日本のケアの方法を伝えるようになった。

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ハンセン病の元患者である小牧義美さん(86)は、16年前に中国のハンセン病快復者村にやって来て、高齢者の後遺症のケアを行ったり、快復者村の村民や中国のボランティアに日本のケアの方法を伝えるようになった。国際在線が報じた。

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もう一人の日本人の若者・原田燎太郎さんは、2004年に広州を拠点にする非政府組織(NGO)「JIA(家)」を立ち上げ、主にハンセン病快復者村の村民が自信を持って生活できるようサポートしたり、差別をなくす活動をしたりして、ハンセン病の元患者を支援している。小牧さんと原田さんのこのような活動は、中国と日本の数多くの若者にも影響を与えてきた。今月1日午後、小牧さんはJIAのボランティアと共に北京で講演会を行い、中国のハンセン病快復者村での活動の体験などを語り、来場者を感動させた。

小牧さんは17歳の時にハンセン病を患い、家族と別れて、ハンセン病療養所に収容された。「私が病気になったことが原因で、兄弟姉妹みんな仕事を失った。そして衛生局の職員が家にやって来て、家の中にある全ての物を消毒し、さらに近所の人に、『この家に近付かないように。ここにはハンセン病患者がいる。ハンセン病はとても恐ろしい伝染病』と伝えた」と小牧さん。

それでも、小牧さんは強い意志と楽観的な姿勢を保った。16年前、小牧さんは中国にやって来て、快復者村の村民や中国のボランティアに日本の後遺症ケアの方法を伝えるようになった。05年3月、小牧さんはJIAの原田さんと出会った。中国のハンセン病快復者村の高齢者たちが早稲田大学を卒業したばかりだった原田さんの心を打ち、原田さんは多くの人のサポートを得て広州でJIAを創設し、主にハンセン病快復者村の村民が自信を持って生活できるようサポートしたり、差別をなくす活動をしたりして、ハンセン病の元患者を支援している。

それでも、立ち上げたばかりのころは、たくさんの困難にも直面したという。「初めは、中国の大学生に理解してもらえず、僕たちの活動にも参加してもらえなかった。JIAも登録できなかったため、銀行の口座も作れず、スタッフたちは社会保険もなかった。政府や学校と正式に関係を築くことができず、資金にも困った。資金は現在、少しずつ安定してきた。また、12年から広州の政策が変わり、業務主管機構とのやり取りが必要なくなり、JIAも主管官庁へ報告してその記録に載せてもらうだけで登録できるようになった」と原田さん。

現時点で、JIAの活動には約2000人のボランティアが参加し、その会員は1万人以上。これまでに1万9000人が活動に参加した。JIAの活動が拡大するにつれ、社会上でもハンセン病快復者村に注目が集まるようになった。原田さんは、「もうダメと思った時は、いつも快復者村の快復者たちが励ましてくれた。その励ましがあったから、今まで続けることができた。『助けている』という気持ちが少しずつ『助けてもらっている』という気持ちに変わった。互いに助け合い、影響を与え合って初めて一緒にやり続けることができる」と語る。

「快復者村には小牧さんのような快復者がたくさんいる。困難も多いけど、みんな強い気持ちと楽観的な姿勢を保ち、あきらめることなく生き続けている。快復者の存在は『社会問題』ではなく、『社会の財産』になっている」と原田さん。

今月1日午後に北京で行われた講演会で、原田さんらは中国のハンセン病快復者村での活動の体験などを語り、来場者を感動させた。北京に住む主婦・竇さんは、「原田さんの言葉や小牧さんの歌声を聞いて癒されたのは私たち。小牧さんが歌を歌った時、涙がこぼれた。誰かを助けるというのは、実際には自分を励ますこと。今日は助けるために来たけど、結局たくさん励ましてもらった」と話した。(提供/人民網日本語版・編集KN)