井上実優

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 今をときめくプロデューサーのいしわたり淳治が、まだスーパーカーをやっていたくらい昔のこと。当時僕は、ROCKIN’ON JAPAN誌で彼の連載の担当をしており、時々話す機会があったのだが、その頃バカ売れしていた松浦亜弥の話になった時に、「曲にしろ映像にしろ、あれだけ優秀なクリエイターが集まったら、他の人でも売れるかもね」みたいなことを言って、即座に否定されたことがある。2002年とかそれくらいのことだし、彼は憶えていないだろうが、僕は「うわ、恥かいたあ、バカなこと言ってしもうたあ」と、とても恥ずかしかったので、記憶に残っている。

 曰く、何を言っとるんだと。まんなかにいる人は誰でもよくて、優れたクリエイターが集まればヒットが生めるんだったら苦労しないわ。そういうふうに周囲を固めたけど本人に魅力がないからポシャった例、山のようにあるでしょうが。本人に魅力があるから優れたクリエイターが集まるんだし、そこでクリエイターが力を発揮できるのは魅力ある本人がいるからこそでしょう。つまり、その力って、その子によってひっぱり出されてるってことでしょ。

 おっしゃるとおりで、ぐうの音も出なかった。ちなみに彼はその時「俺もあのプロジェクトに加わりたいくらいだよ」とか言っていて、「へえ、そんなこと思うんだ?」と意外だったが、意外でもなんでもなかったことが、スーパーカー解散後の彼の活躍で、わかったりもしたのだった。

と、アイドルを例に出したが、アイドルじゃなくても、自身で音をすべて作るのではなく、プロデューサーやトラックメイカーと組むアーティストの場合、そのように、本人の魅力によって力のあるクリエイターが集まったり、本人の魅力によってそのクリエイターが大きな力を発揮する、というケースを、その後何度か見てきた。いや、本人の魅力だけじゃないか。誰とどう組んで何をやってもらうか、というジャッジをできる本人の自己プロデュース能力が高い、という側面もあるか。

というようなことを、井上実優のデビュー・シングル『Boogie Back』を聴いていて思い出した。

 4月19日に3曲入りのCDとしてリリースされるが、それに先駆けて、3月22日には表題曲のMVを公開。MISIAやAAA等、数々のMVやCMを手がけてきた中根さや香がディレクターで、モデルのaRekとアユミ ターンブルが出演している。そして同日から、国内の主要音楽配信サービスのすべてで先行配信がスタートした。

 と書くのは簡単だが、どこか特定の配信サービスに先行させるとか、配信のチャンネル数自体をしぼるとかいうのがセオリーであって、オンデマンド型の『Apple Music』『LINE MUSIC』『AWA』『KK BOX』『Google Play Music』『レコチョクBest』、ラジオ型の『dヒッツ』『AUスマートパス』『スマホでUSEN』のすべて同時に配信スタート、というのは、あまり前例がないのではないか。

 ユーザーが使用している配信サービスによって曲が手に入ったり入らなかったりすることを避けるためにそうしたのだろうし、もちろんそうするのが理想だが、だからって簡単にそうできるとは思えないわけで、数々の問題をクリアしてそれを実現したところに、スタッフがこの井上実優という19歳のアーティストに可能性を見出していることがわかる。

 そして。彼女は、YUI、絢香、家入レオ等を輩出した福岡の音楽塾ヴォイスの出身だが、少なくともこのデビュー・シングル3曲中の2曲、「Boogie Back」と「Slave」は、歌をしっかり聴かせる方向にフォーカスを合わせたサウンド・プロダクトではない。歌い上げる系のバラードは3曲目の「I will be your love」のみで、「Boogie Back」はBPM128で「Slave」はBPM126(ともに測ってみました)、いわゆる今のダンス・ミュージックのセオリーにのっとった楽曲だ。ただしEDMというほどけたたましくはない、でもちょっとその要素も入っているみたいな、とても絶妙なところに落とし込んだトラックに仕上がっている。

 で、井上実優はその上で自在な歌を聴かせているわけだが、このハマりがいい。とてもとてもいい。「こんなトラックにこんな歌、ありか!?」みたいにびっくりするものではない。「ああ、いいなあ」と思いながら聴いているうちに「あれ、待てよ、よくある音に思えるけど、このくらいの角度でこのあたりを射抜く音って、実は今なくないか?」という新鮮さに満ちている。

 ただし、おそらく、彼女がこういう音が得意だからこれにしたわけではない、と思う。どんな音だって、どんな歌だって歌えるのだが、最初の一手はこれにしたのだと推測する。

 シングルの特設サイトにアップされているインタビューを読むと、本当に歌に一所懸命な、ひたむきでまっすぐな19歳のシンガー、というキャラクターが読み取れる。ゆえに意識的なものではないだろうが、ここまで書いたような「クリエイターを集まらせる」力と、「集まったクリエイターの力を引き出す力」を、このアーティストも秘めているのではないか、という予感がする。(兵庫慎司)