「”対戦したのがもっと強い相手だったら”という仮定を私はしない。プロフェッショナルのスカウトは不確定な要素を挟まず、ひたすら事実を記すべきだ。ただ、相手のタイは非常に力が落ちる相手だったことは紛れもない事実である」

 スペインの名伯楽、ミケル・エチャリ(現バスク代表監督)はその信条を述べている。エチャリはリーガの名門、レアル・ソシエダで数多くの役職を歴任。相手チームをスカウトする戦略担当を務めたとき、チームはチャンピオンズリーグに出場した。そのスカウティングは「千里眼」とも言われる。

「タイ戦の前半、日本はあまりに不用意にボールを失っている。2人のボランチが周囲と連係できず、強度の低いプレッシャーにすら四苦八苦。満足に攻撃の形を作れていない」

 エチャリのハリルジャパンレポート7回目。今回はホームのタイ戦を検証する。


タイ戦で特筆すべき動きを見せていた岡崎慎司「日本はUAE戦で用いた4-1-4-1から4-2-3-1に布陣を戻している。序盤、日本は多くのボールを失った。その要因はプレーの遅さにあるだろう。もっと端的に言えば、ボールスピード、パスを出す判断が遅いことで、タイのプレスの網にかかってしまった。

 前半は、連係の悪さが目についた。CB森重(真人)がひとつ前のポジションでボールを奪われてしまうなど、ビルドアップがうまくいっていない証左だった。技術的に大きく劣るタイを相手にパスミスを連発し、攻撃エリアにボールを持ち運べない時間が続いた。

 なぜ、このような事態になったのか?

 まず、バックラインが歪(いびつ)な形だったことを記しておく。左サイドバックの長友(佑都)がかなり前にポジションを取っている。3バックのような変則布陣だ。そこに山口(蛍)、酒井高徳のダブルボランチが連係を生み出すはずだったが、単純にお互いの距離感が近すぎた。また、2人はそれぞれ同じ方向に走ってしまったり、同じ角度で受けようとしたり、横一列になる時間も多く、相手に易々とプレーを読まれることになった。

 プレー構造の戦術的修正をするとしたら――。例えば左の長友にボールが入ったら、2人のボランチの1人は近づきすぎず、パスコースだけを確保するのが定石だろう。もう1人は、トップ下から下がってくる香川(真司)と連係できるポジションを取って、そこから逆に展開、もしくは最前線にパスを打ち込むような選択をする(例えば前半に香川が無理に前に運ぼうとして潰されたシーンがあったが、適切なサポートができていなかった)。ボランチはプレーの広がりを意識する必要があった」

 エチャリの指摘は鋭く、具体的だ。一方、前半8分の先制点については、高い評価を与えている。

「森重のロングパスは秀逸だった。それを右サイドで受けた久保(裕也)は、中央の香川に折り返し、これを香川がフィニッシュした。着目すべきは久保、香川のスキル。コントロールからのキックが完璧だった。もうひとつ見逃すべきでないのが、岡崎(慎司)の老獪なポジション取りで、彼がニアサイドにマーカーを引き連れた裏に香川は入っている。ちなみにその裏には原口(元気)も走り込んでおり、チームプレーによる得点だった。

 ただ、それ以降もプレーの流れは悪いまま。長いボールが攻め手になっていたことを記しておく」

 2点目も長いパスから生まれている。前半19分、CKの崩れからバックラインに入っていた長友のフィードを、前に居残った森重が落とし、これを久保が持ち込み、右サイドから右足で折り返す。ニアサイドに走り込んだ岡崎がヘディングで合わせた。

「久保は先制点に続き、満点のコントロールだった。そして岡崎の動きの質は特筆すべきものがある。彼は常に予測し、周りとの呼吸を合わせている。ヘディング技術もパーフェクト。このとき、裏には吉田(麻也)が走り込んでおり(先制点では裏の香川が得点)、クロスのパターンとして定着している。

 岡崎を筆頭に、久保、香川、原口ら前線は非常に効果的な動きを見せた。

 しかし、攻守のバランスは後半途中まで安定しなかった。結局、チームとしてリトリートして必死に守り、凌いだ。GK川島(永嗣)のセービングなど、守備陣が集中していたことは間違いない。

 わずかな隙を見つけ、後半12分に3点目を得ている。

 右タッチラインのスローインからで、まずは岡崎がマークを外に連れていく。そのスペースにフリーで入った久保がボールを受け、さらにこのとき、香川がもう1人を牽制するように脇を走り、久保は左足で狙い打ちした。そのシュート技術は高かったが、周りの選手の戦術的な動きが抜群だった。ちなみにこのとき、原口も逆サイドで好位置を取っている」

 3点目を入れてから、「日本は落ち着きを取り戻した」とエチャリは言う。

「久保、原口の足が止まりつつあったが、本田(圭佑)、清武(弘嗣)の交代投入で活気づいた。3点目を奪った後はビルドアップやボールの巡りも改善されている。本田は(疲れが出たチームの)プレーの質を維持し、ゴールへの意欲と決断(シュート、クロス、ダイレクトパスなど)で非凡なところを見せた。後半38分には、清武が蹴ったCKを吉田がヘディングで合わせている」

 4-0で日本がタイを下した試合について、最後にエチャリは好意的にまとめた。

「センターバックとボランチの連係は悪かったが、ロングパスからの攻撃はひとつのオプションになっていた。個人としては、久保の技量の高さ、岡崎の動きの巧みさが目立った。苦しい時間はあったが、ディフェンスの集中は落ちていない。それが無失点という結果につながったのだろう。この勝利を挙げるために努力をした日本代表に、『おめでとう』と祝辞を送りたい。勝利することは簡単な仕事ではないからだ」
(UAE戦・タイ戦、選手評につづく)

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