「J1通算500試合出場」を達成した最強のレジェンド6人

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7日から8日にかけて行われるJ1第6節。

鹿島アントラーズに所属するGK曽ヶ端準とMF小笠原満男が、偉大な記録を達成する可能性がある。

それは、「J1通算500試合出場」だ。

2000年代の鹿島を引っ張ってきた曽ヶ端と小笠原。

ともに1979年生まれであり、鹿島の栄光を語る上で欠かせない選手だ。そんな二人が揃って大記録にリーチというのは、不思議な巡り合わせを感じる。

これまでの歴史において、J1で500試合に出場した選手はわずかに6人しかいない。そこで今回は、出場試合数のランキング順にレジェンドたちをご紹介しよう。

※出場試合数は2017年4月7日現在

6位:山田 暢久

生年月日:1975/09/10 (41歳)
ポジション:DF
所属クラブ:現役引退
J1での在籍クラブ:浦和
J1での出場試合数:501

Jリーグが開幕した翌年の1994年から、浦和一筋でやってきた山田。本職は右サイドバックだが、2006年はトップ下として才能を開花させチームを優勝に導き、2010年には移籍した田中マルクス闘莉王の穴を埋めるべくセンターバックでもプレーした。現役ラストマッチとなった2013シーズンの最終節はセレッソ大阪に2-5で敗れ、土壇場でACL出場権を失うというほろ苦いものに(自身の出場もなし)。引退後は浦和のスタッフを務めていたが、「契約条項に抵触した」として業務委託契約が解除されている。

5位:阿部 勇樹

生年月日:1981/09/06 (35歳)
ポジション:DF / MF
所属クラブ:浦和レッズ(J1)
J1での在籍クラブ:千葉、浦和
J1での出場試合数:508

“和製ベッカム”と呼ばれた頃もあったが、今やすっかり浦和の顔。チームをまとめ上げるキャプテンであり、変則的かつ複雑なミシャサッカーにおける中盤のキーマンでもある。浦和に加入したのは2007年だが、すでにJリーグでの出場試合数は「300」に迫っている。昨年10月に行われたガンバ大阪戦で史上6人目となる大記録を作ったが、35歳での達成は史上最年少である。大きな怪我がなければ、今シーズン中にJ1での出場試合数ランキングで4位に躍り出るはず。

4位:伊東 輝悦

生年月日:1974/08/31 (42歳)
ポジション:MF
所属クラブ:アスルクラロ沼津(J3)
J1での在籍クラブ:清水、甲府
J1での出場試合数:517

カバーリングセンスと安定感に秀でた職人ボランチ。日本代表として1998年ワールドカップの登録メンバーに入り、1996年のアトランタ五輪ではブラジルからゴールを奪ったことで知られる。清水エスパルスとヴァンフォーレでJ1通算517試合に出場しているが、J2で25試合、J3で13試合のプレー経験があるなどそのキャリアはまさしく「鉄人」。長野パルセイロ、ブラウブリッツ秋田に続き今季からはアスルクラロ沼津でプレーし、J3での4シーズン目を送っている。

2位:中澤 佑二

生年月日:1978/02/25 (39歳)
ポジション:DF
所属クラブ:横浜F・マリノス(J1)
J1での在籍クラブ:V川崎、東京V、横浜FM
J1での出場試合数:542

横浜F・マリノスが誇るベテランDFは昨シーズン、全34試合でフル出場を果たした。この偉業を成し遂げたのはわずか10人しかおらず、もちろん中澤が最年長であった(詳細はこちら)。新戦力が多く加入した今季も全試合で先発起用されており、ミロシュ・デゲネクとのセンターバックはチームの柱となりそうだ。18シーズン連続で20試合以上に出場している。

2位:遠藤 保仁

生年月日:1980/01/28 (37歳)
ポジション:MF
所属クラブ:ガンバ大阪(J1)
J1での在籍クラブ:横浜F、京都、G大阪
J1での出場試合数:542

7日時点で、中澤と同じ出場試合数をマークしているのが遠藤保仁である。542試合のJ1出場は2位タイで、カップ戦なども含めるとその数は700試合近くにもおよぶ。遠藤といえば日本代表の最多出場記録も保持しており、152試合というのはあの“ドイツの鉄人”ローター・マテウスをも凌ぐ数値。世界的に見ても上から数えた方が早く、Aマッチの試合数が減少傾向にある昨今ではもはや更新不可能にも思える不滅の大記録である。

1位:楢粼 正剛

生年月日:1976/04/15 (40歳)
ポジション:GK
所属クラブ:名古屋グランパス(J2)
J1での在籍クラブ:横浜F、名古屋
J1での出場試合数:631

J1での最多出場試合記録を保持する楢粼は、中澤や遠藤より100試合近くも多くのゲームに出場している。横浜フリューゲルスの消滅とともに名古屋グランパスへと加入すると、その後も20年近く守護神の座を守っている。昨シーズンの湘南ベルマーレ戦で降格が決定した際に見せた涙は記憶に新しい。ちなみに、楢粼がJ2の舞台でプレーするのはこれが初めてのこと。