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DFVユニットの成功を受けて選ばれたコスワース

フォード・シエラ・コスワースを語るにあたって繊細という言葉は無用だ。パワー・デリバリーは荒々しく、外見もエレガンスとはほど遠い。このクルマの成功は、フォードの欧州モータースポーツ部門のスチュアート・ターナーによるものであり、ウォルター・ヘイズのすすめでサポートを買ってでた親会社のお陰でもある。ブルー・オーバルとの密接な協力関係を考えれば、DFV F1エンジンの成功を受けて、コスワースがパートナーに選ばれたのも当然のことだった。

グループA仕様のむき出しのインテリア。


そもそも標準仕様のシエラは、1982年に発表された際、あまり大きな関心を呼ばず、モータースポーツへ参戦し商品力を高めることになった。そこでコスワースは、グループAツーリングカー・レースに目標を定め、北米向けモデルであるピントのブロックをベース・エンジンに採用し、ツインカム・ヘッドとギャレットのT3ターボチャージャーを組み合わせたのだ。ターボは0.65barの過給圧をかけ、エンジンから206psのパワーを引き出す。

わずか1994ccのターボチャージド直4エンジン。レース仕様は506psを叩き出す。「文句の付けようのないクルマ」とソパー。


240km/hまで加速するにはこの装備で十分な筈だが、その外観までも一度見たら忘れられないほど強力になっていた。3ドアのボディ・シェルに新たに付け加えられた無数のパーツ類は、ローター・ピンスキーの発案によるもので、ホイールアーチのエクステンションやダクト、エア・インレットに加えて、コスワースの目印でもある巨大なリア・スポイラーが取り付けられたのだ。

公道仕様のインテリア。小ぶりな3本スポーク・ステアリングとレカロのシートが、灰色一色のインテリアのせめてもの救い。


無骨とも表現できるこのモデルは1985年のジュネーブ・モーターショーで発表されたが、実際に納車されたのはその翌年になってからだ。グループAのホモロゲーションを受けるには、最低5,000台のコスワースを生産しなければならない。しかし、500台の公道仕様が生産されていれば、そのエボリューション・モデルの出場が認められるというレギュレーションをフォードは利用したのである。

公道仕様のエンジンは標準のコスワースよりわずかにパワーアップしただけだが、チューニングの余地は遙かに大きい。

公道仕様は227psだが、レース仕様は506ps

こうして誕生したRS500は、エンジンの排気量は変わらないものの、強化されたブロックと、改良型ピストンが採用され、容量をアップした吸気系とインタークーラーや、ギャレットのT31/T04ターボが取り付けられた。公道仕様の出力はそうはいっても227psであったが、重要なのはこのエンジンがレース用スペックに改良できることだった。ECUを交換すれば補助用のフューエル・レールとインジェクターを使うことができ、ウエスト・ゲートの設定と燃料の供給方法に手を加えれば、レース仕様の出力を506psまで強化できるのだ。

ホモロゲーションに必要な公道仕様のRS500は、ティックフォード社によってわずか16日で製造された。今回試乗したポール・リンフットが所有する車両は、数多いブラックではなく、ホワイトまたはブルーに塗装された少数派の1台である。彼はこの個体を一度手放したが、その後、買い戻している。その際に完全なレストレーションを行ったため、今のコンディションは最高だ。

シエラ・コスワースよりも更に過激になったスタイリング

RS500のスタイリングは、信じられないことにシエラ・コスワースよりもさらに極端なものになっている。フロントには、ダウンフォースを高めるスプリッターが装備され、リアの鯨の尾のようなテールにはリップが付けられ、トランク・リッドにもスポイラーが追加された。このクルマは確かに人目を引くとリンフットも言う。古めのスーパーカーと並べて駐車しても、こちらに人が集まってくるというが、それも納得だ。

公道仕様のディテール。当然、通常のシエラとはまるで異なる出で立ちだ。


それに対してインテリアは控え目で、少々がっかりさせられる。ブースト計は高いパフォーマンスをほのめかすし、身体のラインに沿うシートやRS500のバッジもそう感じさせる。しかし、それらを除けば、元はあまりぱっとしないハッチバックなのがよくわかる。ドライビング・ポジションは良好で運転しやすいクルマではあるものの、最初はあまり飛ばさない方が良い。通常走行では、人を怖じ気づかせるものは何もないが、右脚を踏み込めばとてつもないパワーが炸裂することを忘れてはならない。

4000rpmからの暴力的なパワー・デリバリー

背中を蹴飛ばされるような急加速がやって来るまで、思ったよりも時間はかかる。スロットルをいっぱいに踏み込んだところで、レブ・カンンターの針がゆっくりと上がり始めるのを除けば、ほとんど何も起こらないのだ。やがて回転数が4000rpmに達すると、ターボチャージャーが目を覚まし、その瞬間、目を見張らせることになる。当時、コスワースはスーパーカーにも後塵を拝ませることができたが、今でも高笑いしたくなるほど速い。

公道仕様は、シエラをモータースポーツの世界で闘えるように設計されたモデルでもある。リンフットのクルマをシルバーストンで走らせることにしたのは、実はもう1台の方と走らせるためなのだ。1989年にはクリス・ホッジス(ブルックリン・モータースポーツ)の駆るRS500のレーシング・モデルがブリティッシュ・ツーリング・カー・チャンピオンシップを獲得している。そのレース仕様車は、それから元レーサーのクレイグ・デイヴィスの手に渡り、今でもヒストリックカーレースで活躍している。

レーシング・モデルにシルバーストンで試乗

正午までの時間を使ってホッジスは、もう一度シエラに馴染むための試走を繰り返している。ツイン・プレートのクラッチにやや問題はあったが、天候が急転しそうな気配を見せる中、所有者のデイヴィスは私に数ラップ走ることを許してくれた。しかし、ホッジスでさえピット・レーンでエンストするのを目にしていたから、いささか不安な気持ちで私はクルマに乗り込むこととなる。

私とホッジスはほぼ同じ身長だから、シートはあらゆる操作に最適なポジションになっていた。ダッシュボードは基本的にオリジナルのままだが、真正面に最新のスタックのレブ・カウンターを装備し、フューエル・ポンプのスイッチとイグニッションはステアリング・ホイールの直ぐ右に設置された。それ以外は、予想した通り、情け容赦ないほど何もかもむき出しだ。

6000rpmまで上げてクラッチ・ミート

RS500は、クラブとアビー・コーナーの間にあるピット・レーンで待っていた。60年以上左曲がりだったアビー・コーナーが今では右コーナーになっている。コース・レイアウトを頭に叩きこんでいると、ふとそのことが気になった。

グループA仕様のディテール。有名なBrooklynのロゴがボディ・サイドに輝く。


クラッチ・トラブルにより、1速はエンジン停止時でなければ選べない。そのため、クラッチを踏んだ状態でレバーを1速に入れて、ターボチャージャード・エンジンをスタートさせた。遮音対策などまったく考えていないので、クルマのなかに凄まじい轟音が響く。エンストを避けるために、回転数は十分上げるように指示が出された。5000rpm以下だと少し扱いにくいようなので、クラッチを繋ぐ前に回転を6000rpmまで上げる。RS500は問題なく発進し、エンストしてピット・レーンを塞がないという、最初の目標は達成された。

そぼ降る雨のためトラックは荒れ模様だったが、506psのツーリングカーに馴れるには理想的なコンディションだ。申し訳なさそうにシフト・レバーをゲートに移動させ、2速に変速しようとしたが、うまくいかない。シフトは思い切りよく操作しなければ駄目なようだが、コツを掴むと、変速できるようになる。

想像よりもソフトな乗り心地

乗り心地は、予想していたよりもややソフトだ。たとえ低速でもコーナーを曲がるとロールするのが分かる。しかし、乗り味はダイレクトであり、ステアリングの重さも絶妙だ。インテリアはむき出しだが、ワイパーのスイッチがリンフットのロードカーとまったく同じ位置にあるのを見て笑みがこぼれた。レーシングカーのステアリング・コラムにワイパー用のレバーが付いているとは思わなかったので、センターコンソール上を探していたのだ。

悪天候も気になるが、高価にちがいないギアボックスも心配だから、シエラの能力を試す機会は限られていた。それでも、ウェット・コンディションのなか、スピードを上げて自分の勇気を見せつけてやろうという気持ちになった。2速でスロットルを踏み込むと、ロードカーよりも早くターボが回転し始める。タイヤがグリップを回復すると、ドライ状態でも、ウェット状態でも、シエラは急に前に飛び出したがるようだ。

スティーブ・ソバーはかく語りき

1987年と88年にRS500でグループAに出場したスティーブ・ソパーは「野獣だとは思わなかったけれど、きっと野獣だったんだね。かなり長いターボ・ラグがあり、それに自分のドライビング・スタイルを合わせなければならなかったから。初めはパワーを感じないのに、いきなり506psがどかんと来る。青い煙を吐き、ターマックに黒いラインを残して、スーパー・スターのように疾走することもできたよ。しかし、そんなことをすれば速く走れないし、重要なのはラップ・タイムを短縮することなんだ。そのためには信じられないくらいにきちんとした操作が必要だったよ」と話している。

ブルックリンのシエラでシルバーストンを攻めるホッジス。


ソパーは、1987年にツーリング・カー・レースのブルーリボン・イベントで2回、またニュルブルクリンク24時間とバサーストで優勝した。しかし、その6ヶ月後、バサーストに関しては、ボディワークの違反でエッケンベルガー・チーム所属のRS500は失格になってしまう。

「シエラは文句の付けようのないクルマだったよ。ニュルブルクリンクではクラウス・ニーヅビーズやクラウス・ルードウィッヒと組んだけれど、自分もサーキットを良く知っているつもりだったが、この2人は排水溝や縁石を含め、サーキットを知り尽くしていたね。耐久レースのときは真夜中に雨が降って霧がかかり、コンディションが悪化すると、2人から『無理はするな』と言われたよ。昼でも進む方向を見失いがちだからそんなことするつもりもなかったし、あの日は真っ暗な上に霧もかかっていたんだ。明るい日なら彼らに迫れるけれど、夜間にウェットでは、そうはいかなかったな。このレースでの優勝は自分のキャリアの見せ場だったのに。バサーストでも、2人に持って行かれるまではうまくやったよ。オーストラリアのチームは規則違反の検査を受けても、たいていすぐに出てきたのに、われわれが検査を終えたのは2時間後だよ。FIAワールドチャンピオンシップのレースで、バサーストはシーズン後半の日程だったんだ。それまで違反を取られることはなかったのだから、おかしな話しだよ」

RS500を追うM3。1980年代末のカーレースの伝説。


「アーチをもう2cm低くしていれば、皆がハッピーでいられたことが後になって分かったんだ。少し傲慢になっていたのかもしれないな。ルディ・エッケンバーガーは違反ではないと考えていたのだから、取り外す理由はなかったんだよ。それにクルマに傷を付けようものなら奴はカンカンになっただろうから。きれいに塗装されたホイールアーチを外すなんてできっこないのに」

ターボ時代の象徴とも言えるツーリングカー

ウェット・コンディションのシルバーストンを数ラップした後に、シエラでノルドシュライフェやバサーストを走るなんてとんでもないことだと思った。当時は、F1にしろ、ラリーやツーリングカーにしろ、ターボチャージャーが絶頂の時代である。RS500は、その時代の象徴的存在だったのだ。

「技術はもちろん進化している。しかし、当時、このクルマはほぼ最高水準にあったんだ。RS500は、レースのために生まれたクルマだからね。開発の初期段階に撮られた写真を見て、『これだ。これこそ正しいレーシングカーだ』と思ったのを覚えているよ」 最後にソパーはそう語ってくれた。

フォード・シエラRS500コスワース

■■生産期間 1987年 
■■生産台数 500台 
■■車体構造 スティールモノコック 
■■エンジン形式 鋳鉄ブロックアロイヘッド直4DOHCターボ1994cc 、フューエルインジェクション 
■■エンジン配置 フロント縦置き 
■■駆動方式 後輪駆動 
■■最高出力 227ps/6000rpm 
■■最大トルク 28.6kg-m/4500rpm 
■■変速機 5速マニュアル 
■■全長  4460mm 
■■全幅  1730mm 
■■全高  1375mm 
■■ホイールベース 2610mm 
■■車両重量 1207kg 
■■サスペンション (前)マクファーソンストラット/コイル/アンチロールバー
(後)セミトレーリングアーム/コイル/ダンパー/アンチロールバー 
■■ステアリング ラック&ピニオン 
■■ブレーキ (前)ベンチレーテッドディスク
(後)ベンチレーテッドディスク 
■■0-96km/h 6.2秒 
■■最高速度 246.2km/h 
■■燃費 0.6km/ℓ 
■■現在中古車価格 420万円〜925万円(公道仕様)
1400万円〜3700万円(レース仕様)