中国から見るトランプ時代 「我々も歴史には学んでいる」

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春節が明けた広東省広州には、いつもの人混みと車の大渋滞が戻っていた。珠江沿いに整備された公園の空気は、北京に比べると格段に澄んでいる。辺りには19世紀の大砲が数門、役目を終えて海に向けて鎮座する。
 
私が初めてこの地を訪れた1978年と同じ佇まいだが、周囲の景観は一変した。アヘン戦争やアロー号事件、日中戦争、文化大革命、改革開放を見つめてきた砲身は、いま何を思っているのか。
 
感慨にふける私を、貿易試験区の幹部が現実に呼び戻してくれた。

「日本は、トランプ新大統領をどうみていますか」
 
通り一遍の回答をして、逆に中国はどう考えているのか尋ねると、小首を傾げながら「三通りの見方が併存しているんじゃないか」と言う。
 
一番多いのは、「何をしでかすかわからない過激で不気味な人物」、次に「反中に凝り固まったナショナリスト」だという。この二つは日本の印象と大差がないが、三つ目は全く違う。「中国は日本と違って大国だから、絶対に負けない。やるならやってみろ。トランプもわが国の強さを感じてその内に手を緩める」。
 
アメリカ相手の通商交渉や通貨戦争で、嫌というほど煮え湯を飲まされてきた日本からみると、いかにも楽観的な強がりに思える。いざというときのかの国のエゴイズムのスパークの激しさは、その洗礼を受けた者にしかわからないのかも知れない。
 
しかも、トランプ流儀は従来のアメリカとは明らかに異なる。国際的な大義も名分ももつつもりすらない。オバマのようなpolitically correct(こぎれいな建前)を枕詞にせず、好き放題を叫ぶので、ある意味ではわかりやすい。だが、同時にこうした人物を選んだ超大国は間違いなく衰退していく。塩野七生氏の古代ローマに関する労作や中西輝政氏の『大英帝国衰亡史』を想起させるものがある。
 
超大国の条件は詰まるところふたつである。強大な軍事力と圧倒的な経済力だ。後者は近代以降の世界では、自国通貨が基軸通貨かどうか、である。
 
アメリカの軍事力はいまだ世界でダントツだが、急速な軍拡を進める中国や底知れぬロシアの戦力を考えると慢心はできない。テロやゲリラ戦には弱い。世界の警察たる役目は、自ら降りるまでもなく困難なものになりつつある。

 より厳しい状況がドルである。1971年の金兌換停止以降、プラザ合意、アジア通貨危機、リーマン危機など、ほぼ10年ごとに発生した国際通貨問題は、磐石に思えた基軸通貨ドルのパワーを確実に減殺してきた。そのたびに、アメリカの政権は強いドルの復権を目指したが、長期トレンドでドルは確実に弱くなった。過去20年以上、米国債を中国と日本に大量に買ってもらいながら赤字補填をせざるをえない。
 
ベトナム戦争の泥沼にはまったころから、アメリカの軍事力、経済力、通貨パワーは衰えが露わになってきた。歴史上、危機を乗り切った大国は、冷静さに裏付けられた果敢な行動力と優れたバランス感覚を有し、何よりも自らの職務をノブリス・オブリジェと心得て国をまとめる人材を輩出したものである。ギリシャのペリクレス、宋代の王安石、大英帝国のウィリアム・テンプル然りだ。
 
彼らとは真逆に、トランプは国を分断し、いまやアメリカはDivided States of Americaだと嘆かれている。外交はケンカ腰で一方的な罵声を浴びせるばかり、ヨーロッパもアジアもトランプには反感しかもたなくなってきた。

『食在広州』は大袈裟ではない。同地の三大酒家に数えられる北園の名菜は、いずれもため息が出るほどに美味である。招待してくれた広東省社会科学院のメンバーたちの話題はトランプだ。

「まだ当地では正確な情報がありません。でも中国に敵対的なことだけは間違いなさそう」
 
だからこそ、日中の関係改善が喫緊の課題ではないかと、私はこう続けた。

「19世紀以降の酷い時代をつくってきた張本人が欧米であることを、少しは思い出したらどうですか」
 
大きな歴史の流れをみると、日清戦争以降の日中関係悪化を陰で画策していたのはアメリカだ、といえなくもない。門戸開放、機会均等を叫んだ、時の国務長官ジョン・ヘイを思い出す。

「確かに。でも中国は平気です。パクス・アメリカーナは50年間で終わる。間もなくだ。数年経ったら、必ずガツンとやりかえしますよ。我々も歴史には学んでいるつもりです」
 
そう言いながら、彼らは戦国時代の蘇秦や張儀たちの活躍ぶりに花を咲かせていった。