日本による植民地時代に朝鮮半島の緑化に尽力した日本人、浅川巧(1891〜1931年)の追悼式が5日、ソウルの公共墓地、忘憂里公園墓地で執り行われた。浅川は朝鮮民芸と陶芸の研究家・評論家で、1914年に家族と共に朝鮮に渡り、朝鮮総督府の林業試験所職員として造林に取り組むかたわら、朝鮮の文化に愛情を注いだ。ハングルを学び、月給をやりくりして奨学金を出すなど、朝鮮人を積極的に支援したとされる。1931年に急性肺炎で亡くなると、遺言通り朝鮮に埋葬された=(聯合ニュース)