リアルサウンド映画部

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 テクノポップ・ユニットPerfumeの三人が主演を務めた『パンセ』(テレビ東京系)が、3月31日〜4月1日にかけて二夜連続で放送された。

参考:Perfume主演ドラマ『パンセ』が“秀作”となった理由 心優しい作品世界はどう生まれたか?

 建設会社に勤務するOLのどんちゃん(あ〜ちゃん)、実家の乾物卸屋で経理の手伝いをしているおかみど(かしゆか)、子ども服のリサイクルショップで働くのりぶう(のっち)、子どもの頃から仲良しの3人は、昔から憧れていた椿山家洋館が格安で売り出されていたのを見て購入を決意する。不動産屋からは力丸の面倒を死ぬまで見ることが条件として出されるが、力丸を昔、この家で飼われていたチャウチャウだと思いこんだ三人は快諾。しかし、実は力丸は犬ではなく、この家で暮らす45歳の引きこもりのオッサン(勝村政信)だった……。

 脚本は『すいか』や『野ブタ。をプロデュース』(ともに日本テレビ系)等で知られる木皿泉。木皿泉作品の魅力は、日常の何気ないやり取りの中に深い哲学を見出していく点にある。本作では、どんちゃん達との楽しい日常を過ごすことで潔癖症で引きこもりだった力丸が、外に出られるようになっていく展開が見せ場となっている。劇中でおこなわれる何気ないやりとりの多くは食べ物にまつわるものが多く、料理を作り食事をするシーンが繰り返される。本作でもそれは健在で、炒り子出汁でとったおでんやレモン鍋など、おいしそうな食べ物が登場する。

 『昨夜のカレー、明日のパン』や『富士ファミリー』など、近年の木皿泉はNHKを拠点に執筆しているが、これらの作品は木皿泉の言葉が強すぎて、ありがたいお言葉を頂戴する名言集のようになっていて、ドラマとしてのバランスが悪いものとなっていた。特に『富士ファミリー』はその傾向が強く「俺は名言集ではなくドラマが見たいのに」と歯がゆく思っていた。

 日本テレビ時代の木皿泉作品が面白かったのは、プロデューサーの河野英裕が対外的には木皿泉の作家性を守りながら、自己完結しないように作家にとっての外部としてしっかり向き合っていたからだ。どれだけ優秀な脚本家でも、プロデューサーがイエスマンとなっていては脚本家の世界観はどんどん閉じたものとなっていってしまう。今、木皿泉に仕事を依頼する作り手は『すいか』や『野ブタ。』を見て作家性に感銘を受けた人が多いのだろう。それ故、木皿泉の作家性を喜ぶあまり、脚本に対してダメ出しできずに、だらしない閉じ方をしているように見える。

 対して、日本テレビ時代の作品、とくに『野ブタ。』には、ジャニーズアイドル主演の学園モノというジャンルの制約があったため、商業的要請と向き合う緊張感があり、木皿泉の台詞もドラマ内にうまくハマっていた。その意味で、『パンセ』のPerfum主演のアイドルドラマで、テレビ東京の(おそらく低予算の)深夜ドラマであるというふたつの縛りは、木皿泉作品にいい刺激を与えるのではないかと期待していた。

 結論から言うとそれは良い方に働いていた。特に良かったのは演技経験がほとんどないPerfumeが醸し出すゆるい存在感だ。先ほど書いたように、近年の木皿泉作品の問題点は台詞に力があり過ぎるために名言集化していることなのだが、三人の喋る言葉はいい意味で軽く、意味ありげな台詞が出てきても、アイドルの水着グラビアに載っているポエムみたいにさらっと流れていくため、ただただ三人がかわいいという印象だけが残る。その意味で、本作は優れたアイドルドラマだと言える。

 そもそも「日常を大切にするとか、食事が大切」みたいな思想は声高に主張する程、本質から遠ざかる。本作のように淡々と見せた方がむしろその良さは伝わってくる。こういった言葉の無意味化、無機質化は、中田ヤスタカがPerfumeの楽曲でやり続けてきたことをドラマに落としこんだもので、三人の女の子のチャーミングな軽やかさが、自意識過剰な引きこもりの中年男性の心を救うという物語に説得力を与えている。

 その意味でも久々に心から楽しめる木皿泉ドラマだった。ただし、三人の仕事している場面が、映像として登場せず、全部台詞で処理されていることが気になった。単に予算がなかったので撮れなかったのかもしれないが、20代の女性が現代社会で働くことの苦しさが台詞だけでしか語られないのだ。力丸の抑圧となっている両親も画面に登場しないことを考えると、演劇的な効果を考えたのかもしれない。この演出は、木皿泉作品が持つ、現実に対するシェルターのような世界観を際立たせていたのだが、同時に他者の存在が画面に映ること自体を拒絶しているかのような居心地の悪さも感じる。

 もしかしてこの三人は本当は仕事なんかしてなくて、力丸を外に連れ出すために未来から送り込まれたメイドロボットなんじゃないかと疑ったりもした。これは半分は冗談だが、三人が社会に対して抑圧を抱えているなら描くべきだし、描かない理由があるのであれば、ちゃんと映像にしてほしいと思った。もし続編があるならそこに期待したい。(成馬零一)