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アメリカの軍事的関心は大西洋側

 トランプ政権は、ティラーソン国務長官とマティス国防長官を指名して連邦議会で承認されて以降、安全保障関係の高官人事が足踏みをしている。

 3週間ほどで辞任を余儀なくされたマイケル・フリン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)の後任は、ハーバート・マクマスター陸軍中将に決定した。だが、マティス国防長官を直接補佐するペンタゴンの3長官職(海軍長官、陸軍長官、空軍長官)がいまだに連邦議会の承認を得ていない状態が続いている。

 とはいっても、安全保障環境はアメリカ軍部高官人事などとはお構いなしに厳しさを増している。先週もマティス国防長官、ティラーソン国務長官がNATO(北大西洋条約機構)諸国を訪問し、同盟関係の問題点に関する本格的な調整を開始した。

 両長官、それにマクマスター補佐官などの経歴からは当然の帰結であったが、アメリカの国防政策の関心は対IS戦が最優先である。これまでは、次にロシアのウクライナをはじめとする東ヨーロッパへの侵攻態勢強化に対する警戒、そしてイランの対米姿勢という順であった。

 ところがここに来て、金正恩政権によるICBM開発の動きがアメリカにとっても完全に警戒レベルに達した。そのため、イランよりも北朝鮮に対する警戒の優先度が繰り上がったことが、マティス長官のNATO諸国での言動で明らかにされた。

 ただし、アメリカ国防当局の関心の7〜8割が、すでにNATO諸国と共同歩調をとりつつ関与しているISを中心とする中東問題と、ロシアと東ヨーロッパの国境地帯の防衛問題で占められていることは変わらない。

 そこでアメリカ国防当局がまず着手したのは、NATO同盟諸国に対する国防費増額要求である。

NATO諸国への国防費増額要求

 先週の金曜日、ブリュッセルでのNATO諸国外務首脳会合で、ティラーソン国務長官は「NATO諸国は国防費を増額しなければならない」ことを強く要請した。

 トランプ政権は選挙期間中に、NATO諸国の国防予算の低さを繰り返し指摘してきた。政権発足後もトランプ大統領はじめ国防長官、国務長官がNATO諸国の防衛費支出についてしばしば口にしている。今回はNATOの会合で、公式に国防費増額を要請したことになった。なお、トランプ政権は大統領選挙期間中の公約通りに国防費増額に踏み切っている。

 そもそも選挙期間中にトランプ陣営が引き合いに出していたのは、「アメリカ以外のNATO諸国の国防費の総額は、アメリカ一国の国防費の半分にも満たない。さらに言うとNATO諸国のおよそ半数の国々の国防費は、ニューヨーク市警察の予算規模より小さい」という事実であった(下の図)。

NATO諸国の国防費とNYPD(ニューヨーク市警察)の予算規模


(* 配信先のサイトでこの記事をお読みの方はこちらで本記事の図表をご覧いただけます。http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/49641)

 ただし、国防費の額そのものについては、経済規模や内政事情、それにそれぞれの国を取り巻く戦略環境などの諸要因がある。そのため、集団安全保障を義務づけているNATO同盟といえども、標準国防費といった類いのガイドラインを一律に設けるわけにはいかない。しかし、「国防努力の目安」として国際的な指標として用いられている「国防費のGDP比」は、NATOでは一応のガイドラインが設定してある。すなわち「GDP比2%」というのがNATO諸国間の努力目標とされている。

 ところが、この数値を達成しているのは2016年の推計値で、アメリカ(3.61%)、ギリシャ(2.36%)、エストニア(2.18%)、イギリス(2.17%)、ポーランド(2.01%)の5カ国に過ぎず、22カ国はガイドライン値に達していない。それどころか19カ国の国防費GDP比は1.5%以下と“話にならないレベル”である(下のグラフ)。

国防費のGDP比(%)(NATO+日本)


 また、もう1つのガイドラインである「装備購入費の国防費全体に占める割合」の目標値「20%」に関しても、半数以上の加盟国が達成していない。10カ国が目標値を達成しているが、ドイツやカナダやオランダを含む17カ国が下回っている状態だ(下のグラフ、アメリカは25.03%で5位となっている)。

装備調達費が国防費に占める割合(%)(NATO+日本)


 以上の「国防費のGDP比」「装備購入費の国防費全体に占める割合」という2つのガイドラインを共にクリアしているのは、アメリカ、イギリス、そしてポーランドの3カ国だけである。

 それゆえにトランプ政権は「ほとんどのNATO諸国が同盟の義務を真剣に果たそうとせずにアメリカの軍事力に“ただ乗り”しようとしている」と批判を強めているのだ。そして、「すべてのNATO加盟国は少なくともこれらのガイドライン値を達成すべく直ちに努力を開始するべきである」との要求を突きつけ始めた。

国民1人あたりの国防費(USドル)(NATO+日本)


NATO諸国の次は日本

 NATO諸国に対して国防費増額を迫ったティラーソン国務長官もマティス国防長官も、日本を訪問した際には国防費増額を要求しなかった。それは、北朝鮮問題が浮上してきているとはいえ、トランプ政権による国防政策の優先順位はいまだにNATO方面が圧倒的に高いからである。

 アメリカの軍事政策が北朝鮮と中国に目を向けるようになるのは、IS壊滅戦がおおかた収束し、ロシアによる東ヨーロッパへの侵攻姿勢に対するNATOの防御態勢がある程度確立したとき、あるいは対IS戦におけるロシアとの協調関係を通してロシアとの妥協が成立したときであろう。

 その時点になったら、日本をはじめとするアジア太平洋の同盟諸国の防衛努力について、当然、現在のNATOへの要求と同じ防衛費増額要求を突きつけてくるはずである。

 先日、安倍総理がトランプ大統領と会談した際にも、アメリカ側は日本の国防費増額要求や沖縄問題などには触れてこなかった。そして、「尖閣諸島は安保第5条の適応範囲内である」と明言した。日本側は「安全保障に関しては満額回答だ」などと喜んでいるが、やがてNATO諸国に対してと同じ要求がなされるのは理の当然だ。

国防費増額決定は日本自身の判断で

 もっとも、日本はアメリカ以上に北朝鮮の軍事的脅威を直接受けているし、中国の強力な海洋戦力による脅威もまともに被っている。したがってアメリカが国防費増額要求を突きつけてくる以前に、日本自身によって国防費を大幅に増額し、防衛戦力を大増強するのは当たり前の流れである。日本政府がいまだそのような政策に転じず、雀の涙ほどの国防費増加(1.4%)であたかも防衛力増強努力をしているかのごとく考えているのは、国際社会から見れば“噴飯物”に近い。

 NATO諸国に日本を加えていくつかの指標をグラフ化してみると、日本は「国防努力の目安」であるGDP比がいかに低いかが一目瞭然である。いくら日本が今後10年間にわたって現在の規模(年率1.4%)で国防費を増加させたとしても、6兆円規模に達するか達さないかの程度であり、“話にならない”規模であるのには変わりはない。

 現在の国防費増額は、国際常識からみれば「増額しているかしていないか分からない」にしか映らない。もちろん国防力は国防予算だけで判断できるものではないが、金をかけずに強力な防衛戦力を身につけることは夢物語である。日本政府はそのことを肝に銘じ、アメリカなどからの外圧がかかる以前に自主的な判断で、日本にとり適正な規模の国防費を打ち出すべきである。

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筆者:北村 淳