辻元清美氏

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 フェイクニュースが世界を飛び交っている。インターネット上で出回る、発信元不明の情報だけではない。アメリカでは、なんと大統領が発信源だ。

・大統領選の総得票数でクリントン候補に負けたのは、何百万もの不正投票が原因
・メディアは故意にテロを報じていない
・入国禁止の大統領令に否定的な世論調査結果はデマだ
・殺人事件の発生率は過去47年で最悪

 これら、ドナルド・トランプ大統領の虚偽発言はあまりに多すぎて、社会に向けて新たなデマを発信しても、大して驚かなくなってしまった。

 しかし、こうした発言のたびに、関係者は事実確認を迫られる。バラク・オバマ前大統領が大統領選の期間にニューヨークのトランプタワーの電話盗聴を命じた、というトランプ氏のツイートには、関与をほのめかされた英国情報機関は、即座に「ありえない」と否定。連邦捜査局(FBI)も、そのような疑惑を示す情報はない、と否定した。これには、さすがに共和党関係者からも、「オバマ氏に謝罪すべきだ」との声が出たが、トランプ氏が意に介する様子はないようだ。

 昨年、イギリスがEU離脱を決めた国民投票の時にも、離脱派の政治家がEUに対する拠出金の額など、事実に反する情報を発信していたことがわかっている。

 「ポスト真実」ともいわれ、政治家からも虚偽が発信される時代。だからこそ、ジャーナリズムはこれまで以上に、事実へのこだわりが必要だ。このことは、この仕事に関わる者の共通認識のはずではなかったか。

 そんな時に、新聞がデマの拡散に努めてどうするのだろう。

●産経新聞が報じた「疑惑」

 いささか前置きが長くなったが、私が憂えているのは、森友学園の籠池泰典・前理事長の妻で塚本幼稚園副園長の諄子氏が首相夫人の安倍昭恵氏に送ったメールの中に、辻元清美・衆院議員の名前が出ていることを、産経新聞が「疑惑」として報じた問題である。

 このメールは、3月24日に自民党の西田昌司参院議員が公表した。西田氏が昭恵氏から入手した記録を基に、2人のやりとりを再現したものという。

 森友学園問題がメディアで大きく取り上げられ、幼稚園児に教育勅語を暗誦させたり軍歌を歌わせたり、運動会の選手宣誓で「安倍首相、ガンバレ!安保法制国会通過よかったです!」などと言わせていたことも批判的に報じられるようになるなか、諄子氏はメールで窮状を訴え、昭恵氏が「今はじっと我慢の時です」などと慰めるやりとりが交わされている。

 その最中の3月1日分に、こんな記載があった。

〈辻元清美が幼稚園に侵入しかけ私達を怒らせようとしました嘘の証言した男は辻本と仲良しの関西生コンの人間でしたさしむけたようです〉〈(小学校の建設関連工事の下請け業者として)3日だけきた作業員が辻元清美が潜らせた関西なんとか連合に入っている人間らしい〉【原文ママ】

 この業者は、「校舎部分の汚染土を、校庭に掘った穴に埋め戻した」とメディアで証言。これに対し、森友学園側は「産廃土の一部を地下に仮置きしたものだ」と反論していた。メールからは、この業者は辻元氏が送り込んでマスコミに間違った情報を発信させたと、諄子氏が思い込んでいたことが伺える。

 諄子氏自身、後に行われた作家の菅野完氏のインタビューで、こうした辻元氏に関する記載について、「事実を確認したわけじゃありません」と、思い込みであったことを認めている。

 また、「作業員派遣」については、当人(ここではAさんとしておく)が「辻元さんには会ったこともない」「僕自身は、辻元さんは大嫌いなんです」と、辻元氏との関わりをきっぱり否定している。TBSラジオで荻上チキ氏のインタビューにも答えているし、私自身も直接確認した。生コンの「関西なんとか連合」についても、Aさんは「うちは業種も違うし、事業所が大阪、兵庫にないから、入るのは不可能」と関わりを否定する。

 一方、メールの内容を裏付ける証言や証拠は出てきていない。

 ほんの一手間かけて確認すれば、メールに書かれていた辻元氏に関する記載は事実ではないとわかる。

●事前に事実確認せずに報道

 ところが産経新聞は、メールが公表されてから4日後の3月28日付紙面で、「辻元氏 3つの疑惑」「『拡散やめて』民進、メディアに忖度要求」との見出しで、メールのこの部分をクローズアップする記事を掲載した。辻元氏が森友学園の小学校予定地を視察している写真が添えられている。

 記事のリード部分では、「(辻元氏に関する)『3つの疑惑』が新たな争点に浮上し、日本維新の会などが追及姿勢を示している」とし、「疑惑」が存在することを前提に、「民進党は誤った内容だとメディアに情報を広めないよう『忖度』を求めるが、籠池氏の発言に依拠して首相らを追及しながら、都合の悪い妻の言葉は封じようとする矛盾に陥っている」と同党を批判している。

 取り上げられている「疑惑」のうち2つは、諄子氏のメールからのもので、「幼稚園侵入」「作業員派遣」の小見出しがついている。

 記事の中身は、すでにネットで「辻元の疑惑を伝えないマスコミ」「辻元清美にブーメラン」などと書きたてられていた域を出ない。

 本文中には、「そのようなこと(=幼稚園侵入)は一切なく同議員(=辻元氏)は塚本幼稚園の敷地近くにも接近していない」「諄子氏が指摘したであろう作業員は辻元氏と面識はない」とする民進党関係者のコメントも紹介はされている。

 産経新聞は、辻元氏が東日本大震災で災害ボランティア担当の首相補佐官に任命された時、2回にわたって批判する記事を掲載した。その中で、辻元議員が1992年のカンボジア視察の際に、復興活動をしていた自衛官に「あんた! そこ(胸ポケット)にコンドーム持っているでしょう」と発言したとか、阪神大震災の被災地では反政府ビラをまいたなどと書いて、辻元氏に名誉毀損で訴えられた。東京地裁は、いずれも真実でないとして、辻元氏側の取材をしていないことも指摘し、産経新聞に対し80万円の損害賠償の支払いを命じる判決を言い渡し、確定している。

 そういうこともあって、民進党関係者のコメントも一応入れたのだろうが、断定を避けて「疑惑」という表現にとどめればよいというものではない。同紙自身が情報の真偽を確認せず、見出しやリード部分のインパクトで、辻元氏に「疑惑」が存在しているかのような印象付けを行い、読者を誘導する仕立ては、意図的な情報操作の臭いも感じる。

 Aさんによれば、以前、汚染土の埋め戻し問題で同紙の記者に取材を受けたことがあったが、本件では記事掲載前に事実を確認する取材はなかった。

 同紙がAさんに話を聞いたのは、記事がすでに紙面に載った28日が最初だったという。Aさんは、記者に辻元氏とは面識がないことを説明した。これに対し、記者は「あ、そうですか。関係なかったんですね」と軽い反応しかなかった、とAさんは明かす。

「フジテレビの『Mr.サンデー』と『とくダネ!』でも、辻元さんと関わり合いがあるのじゃないか、というような報道をされたので抗議をした。(僕は)同じフジテレビの『新報道』ではカメラを回してインタビューをされ(関わりがないと話し)ているのに、『同じ局なのに情報共有してないのか』と。そうしたら、『申し訳なかった』と謝罪がありました」

 しかし、産経新聞からは何もない、という。私は、Aさんの話を聞いた後、それを紙面に反映しているかどうか探してみたが、見つからなかった。Aさんも、同社から何も聞いてないという。

 私は、記事を書いた産経新聞政治部に「(1)Aさんが語っている経緯は事実か」「(2)事実とすれば、なぜ事前に確認取材をしなかったのか」「(3)辻元氏との関係を否定したAさんに対する取材結果は、いつ、どのような形で報じたのか」を問い合わせた。

 しかし、広報部から届いたのは、いずれの問いについても「個別の記事や編集に関することにはお答えできません」と、まるで森友学園問題における財務省の国会答弁のような回答だった。

●安倍首相が「疑惑」報道を引用して“拡散”

 事実でない情報を流布した時には、それを速やかに正すのは、Aさんや辻元さんら当事者らだけでなく、読者に対する義務でもあろう。ところが産経新聞には、そういう姿勢も欠けている。それどころか、民進党からの抗議を受けて、政治部長が「民進党の抗議に反論する? 恫喝と圧力には屈しない」と、なんとも力み返ったタイトルの主張を発表し、記事掲載を正当化した。事実に対する謙虚さが感じられないうえ、現実を見つめることなく、ひとりエアバトルを演じている様は滑稽ですらある。いったい今の民進党が、メディアにどんな「圧力」がかけられるというのだろうか……。

 当初、多くのメディアが、諄子氏のメールを抜粋して紹介する際に、辻元氏のくだりを省いたのは、信憑性が疑わしい情報と判断したからだろう。あたかも、メディアが民主党を「忖度」したかのような言い回しには、辻元氏の「疑惑」が、昭恵氏の関わりが行政の「忖度」を招いたと野党が批判している森友問題と同じくらい重大な問題と錯覚させる狙いが透けて見える。

 産経新聞がこの記事を掲載したのは、参院決算委員会に安倍首相が出席し、テレビ中継が行われる日だった。

 民進党議員が「籠池氏は『昭恵首相夫人から100万円を受け取った』と言っているが、否定する根拠は何か」と質問したのに対し、安倍氏は、この産経の記事を引き合いにし、次のように答えた。

「御党の辻元議員との間にも同じことが起こっているじゃないですか。辻元議員は、(諄子氏の)メールの中で書かれていたことが、今日、産経新聞に『3つの疑惑』と出ていましたね。これ、一緒にするなとおっしゃってますが、そんなことがなかったと辻元議員は真っ向から否定しているわけであります。(100万円を否定する根拠を求めるなら)これも証明しなければいけないことになるわけであります」

 この首相発言が、辻元氏嫌いのネット住民を勢いづかせた。SNSには、辻元氏の「疑惑」は森友問題における昭恵氏の関係より重要だとし、辻元氏の弁明を求めるコメントがあふれた。

 辻元氏は、記者会見を開いてメール内容を否定したり諄子氏を批判することはせず、民進党の出した見解を自身のサイトに掲載して、デマ情報への注意喚起をするに留めた。その理由について、辻元氏はこう説明している。

「個人間のメールのやりとりの中で、公表されたら誰かの名誉毀損になるような内容があっても、『辻元死ね』とか悪口が書いてあっても、それは内心の自由の問題でしょう。そういうのに、国会議員が『これはダメ』『これは嘘』と言うようなことはしたくなかった」

 この謙抑的な対応を、辻元叩きをしている人たちは「答えられないのか」と都合よく解釈して、妙に自信を深めたようだ。ますます居丈高な物言いが、ネットの中を飛び交った。

 ネット上で交わされる発信者不明の言説も、新聞がそれなりの体裁を整えて記事に仕立てれば、情報の「確からしさ」がアップし、怪しげな陰謀論もいっぱしの「疑惑」に格上げされる。その記事を、首相がテレビ中継されている国会で話題にし、あたかも「疑惑」が現存するような印象を多くの人たちに広げる。それによってネットの世界では、情報はオーソライズされたように受け止められ、当事者が謙抑的な対応しているのをいいことに、さらに拡散されていく。

 このように、ネットのみならず、新聞や為政者が介在して、事実と異なる、つまりはフェイクニュースが広まっていったのが、今回の現象だった。これでは、アメリカの状況を、対岸の火事とばかりに眺めてはいるわけにはいられないのではないか。

●新聞は事実にこだわれ

 私は、新聞がそれぞれの政治的スタンスを、その主張の中で明確にすることは、悪いとは思わない。産経新聞が、中立ぶらずに紙面で安倍政権への支持や民進党への嫌悪を露わにするのも、むしろ読者に対して誠実な態度と見ることもできる。民進党をこき下ろし、数々の法案審議の場面で政府を追及してきた辻元氏を批判するのも、同紙の自由だ。

 けれども、そうした批判は、事実に基づいて行われるべきことは、言うまでもない。嫌いな人だから根拠不明のフェイクニュースで叩いてもいい、というのでは、もはや新聞とはいえない。書かれる人への配慮からというだけでなく、新聞が平然と多くの人々に誤った事実を広めるようになったら、民主主義の健全性は危機に瀕する。

 情報は人々の判断に影響を与える。だからこそ新聞には、フェイクニュースの発信源や拡散の主体にはなってもらいたくない。

 新聞協会の新聞倫理綱領には、こう書かれている。

〈新聞は歴史の記録者であり、記者の任務は真実の追究である。報道は正確かつ公正でなければならず、記者個人の立場や信条に左右されてはならない〉

 今回の記事作成やその後の取材に関わった産経新聞の記者には、この記述を熟読玩味してほしい。あなた方の仕事は、果たして歴史の検証に耐えるだろうか。

 新聞は、フェイクニュースに対抗し、人々の事実を伝える民主主義の砦であってほしい。そんな期待から、あえて今回、いささか長文となったが、このような苦言を呈すことにした。
(文=江川紹子/ジャーナリスト)