自由民主党HPより

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 あきれてものが言えないとはこのことだろう。

 4日、今村雅弘復興相が午前の記者会見で、東日本震災と原発事故で福島県内の避難指示区域以外から逃れてきた「自主避難者」への支援打ち切りについて、「自己責任」「裁判でも何でもやればいい」と回答。それをフリージャーナリストに追及されると、「うるさい!」「(発言を)撤回しなさい! 出て行きなさい!」と激昂しことが大きな問題になっている。

 今村復興相は同日午後、「感情的になってしまった。今後、冷静、適切に対応したい」と弁明したが、記者会見での発言そのものは撤回せず。東日本大震災そして福島原発事故の被災者への対応を統括する責任者としてあるまじき対応であり、また国民の知る権利を代行する記者に対して、その質問を封じようとする姿勢も、民主主義国家の閣僚とは思えないものだった。

 では、この会見の一部始終はどのようなものだったのか。あらためて会見を振り返ると、今村復興相と記者のやりとりは以下のようなものだ。

 まず、記者は、原発事故の自主避難者への住宅無償提供が打ち切られたことについて、先日、避難者を中心とする全国の16の団体が安部首相と今村復興相、松本純内閣府防災担当大臣宛てにその撤回を求める計8万7000筆近くの署名を提出したことを取り上げ、これを今村復興相が把握しているか質した。

 すると、今村復興相は平然と「確認はしていません」と回答。これに対し記者は自主避難者の住宅支援打ち切りについて、対応を福島県や避難先自治体に負わせるのは国の責任放棄ではないかと疑義を投げかける。

「原発は国が推進した国策としてやってきたことで、当然、国の責任というのはあると思うんですが。自主避難者と呼ばれる人たちに対してですね、いままで災害救助法に基づいてやってこられたわけですけれども、それは全て福島県と避難先自治体に住宅問題を任せるというのは、国の責任放棄ではないかなという気がするんですけれども。それについてはどういう風に考えていらっしゃいますか」

 ところが、今村復興相はまるで人ごとのように、「国の支援と言われましたが、われわれも福島県が一番被災者の人に近いわけでありますから、そこに窓口をお願いしているわけです」などと返答。このあまりに国の責任について頰被りを決め込む態度を記者は追及した。

「すべて福島県を通すということ自体が、もともと今の自主避難の実態に合わないんじゃないか」「やはり国が被災者支援法に基づいてきちっとした対策を立て直す必要があると思うんですが、どう思われますか」

 だが、今村復興相の返事は同じ。あくまで「福島県が窓口」で国はそれを「サポート」するだけと言ってのけ、その後も記者の質問に対して「福島県が〜」と繰り返し、「この図式はこのままでいきたい」と強調。一貫して、国が自主避難者に対する具体的な対策を取る必要性を認めず、挙げ句の果てには、憮然とした表情でこう言い放ったのだ。

「これは国がどうだこうだっていうよりも、基本的にはやはりご本人が判断されることなんですよ」

 言うまでもなく、国策として原発を推進し、安全神話を振りまいて、あの未曾有の大事故を引き起こした責任は、当然、国にある。この、国の責任も被災者の置かれた現状も一顧だにしない今村復興相に対し、記者はこう切り返した。

「それは福島の内情や、なぜ帰れないのかという実情を、大臣自身がご存知ないからではないでしょうか。それを人のせいにするのは......」

 すると今村復興相は、「本人が判断すること」という自身の発言を棚にあげて、「人のせいになんてしてないじゃないですか! 誰がそんなことしてるんですか!」と激昂。そして、この逆ギレに対して記者が、「(帰ることができるか)判断できない、だから帰れないから避難生活を続けなければいけない。それは国が責任をとるべきじゃないでしょうか」「帰れない人はどうするんでしょう」と追及の手を強めると、今村復興相はダメ押しのようにこう吐き捨てた。

「どうするって、それは本人の責任でしょう、もう」

 このセリフだけでも信じられないが、以下、このようなやり取りが続く。

記者「自己責任だとお考えですか」
今村「それはそうだと思いますよ」
記者「分かりました。国はそういう姿勢なわけですね。責任を取らない」

 しかし今村復興相は「ルールに則っていままで進んできた」「国としてはできるだけのことはやったつもり」と正当化し、さらには「裁判だなんだでもやればいいじゃない」とまで言い放った。それに対し記者が「自主避難の人にはお金は出ていません」「責任を持って回答してください」と質すと、ついに机を叩いてブチギレ。こう絶叫したのだ。

「責任を持ってやってるじゃないですか。なんて君は無礼なこと言うんだ! ここは公式の場なんだよ! 撤回しなさい! 出て行きなさい! もう二度と来ないでください!」

 そして記者会見は打ち切られたのだが、退出する今村復興相に向けて、記者はこう続けた。

記者「これはちゃんと記述に残してください」
今村「どうぞ。こんな、人を誹謗中傷するようなこと許されんよ絶対!」
記者「避難者を困らせているのはあなたです」
今村「うるさい!!」

 こうして今村復興相は、最後は記者の排除まで宣言し、怒鳴り散らしながら退席したのである。記者の質問を「誹謗中傷」と言って激昂するなど、大臣の態度としてあり得ないもので唖然とするしかないが、そもそも記者の質問は「誹謗中傷」でも「無礼」でもまったくない。

 会見にあったとおり、政府と福島県は自主避難者に対する借上住宅支援を今年3月で打ち切った。この住宅支援は自主避難者にとってほとんど唯一の支援であり、これは今後の自主避難者の生活を直撃するだけでなく、人間としての尊厳さえ奪いかねないものだ。それを、追及するのは記者として当然の行為だ。

「避難指示がない避難は『自主的』な判断によるもので、自己責任である」

 こうした風潮は、今村復興相に限らず、震災直後から政府、行政に蔓延している。それは自主避難者の生活を直撃する。避難にかかる費用は自己負担で、国は自主避難者に包括的な賠償をしない。また当初は無償の借上住宅に自主避難者が拒否されることも各地で起こった。

 原発事故で失いたくない仕事を捨て、新築したばかりの家を出る。その後運良く避難先に落ち着いたとしても、貯金を切り崩す生活。子どもの幼稚園や学校、進学の問題もあり安定とはほど遠い。夫婦で避難について意見が分かれ、離婚や一家離散に至ったケースも少なくない。誰が好き好んで自主避難などするだろうか。自宅周辺の放射線量は通常の10倍から場所によっては130倍以上あり子どもたちを戻すわけにはいかない。自主避難せざるを得なかったのだ。

 さらに、国は今年3月31日までに、福島の11市町村に出した避難指示について、一部の帰還困難区域を除き9市町村で解除した。しかし、解除されたなかには除染も進んでおらずいまだ高い数値を示す場所もあり、実際は帰還できるほど安全な状況になっていない地域も多い。にもかかわらず、国は年間線量が20ミリシーベルト以下になったことを根拠にこれらの地域から避難指示を解除したのだ。言っておくがこれは通常の被曝限度である年間1ミリシーベルトの、実に約20倍の数値だ。

 そして問題なのは、避難指示解除に伴う賠償金の縮小、打ち切りだ。原発事故で被害を受けた商工業者や農林業社らへの賠償打ち切りを着々と進め、また住民一人あたりの慰謝料も2018年3月までに打ち切られる予定。さらに避難指示が解除されれば、そこに住まなくても土地や建物の固定資産税が発生する。

 避難指示解除とはつまり、さらなる被曝の危険性を無視し、除染さえ進んでいない土地に住民を"強制送還"しようとしているにすぎないのだ。そして被災者たちが「帰れない」と訴えても聞き入れられることはなく、避難指示が解除された今、"自主避難者"として、今村復興相が発言したように「帰らないのは自己責任」との誹りを受け、支援も縮小、打ち切られようとしている。

 繰り返すが、好き好んで自主避難している人も、好き好んで解除地域に帰らない人もいない。すべて、原発事故が起きたがゆえのことだ。そして、繰り返すが、そもそも原発事故を引き起こした責任は、電力会社と国策として原発政策を推し進めた政府にある。 

 だからこそ、何度でも言う。こうした国の責任や避難者たちの置かれた惨状を一顧だにせず、「本人の責任」「裁判でも何でもやればいい」とする今村復興相の発言を質すのは、記者であれば当然の責務だろう。

 今回の会見で質問したフリージャーナリストは、自主避難の問題を一貫して取材、自主避難者やその支援活動をする団体を取材してきた記者だった。その切実な実態を熟知していたからこそ、福島県という一自治体に問題を丸投げするのではなく、原発政策を推し進め、安全神話を振りまいてきた国こそが率先して問題を解決するべきではないかと、今村復興相に質問したのだ。

 しかも今村復興相は、福島復興再生協議会議長として福島市を訪れた際、「福島の復興はマラソンにたとえると30キロ地点。ここが勝負どころだ」などと発言。これに対し内堀雅雄福島県知事に「避難指示区域ではまだスタートラインに立っていない地域もある。解除された地域も復興の序の口だ」と苦言を呈されたこともある人物でもある。また3月12日の『日曜討論』(NHK)に出演した際には、自主避難者に対し「故郷を捨てるのは簡単」などと無神経なコメントをし、さらに閣僚の資産公開では、東京電力ホールディングス(旧東京電力)の株式を8千株所有していることも明らかになっている。そんな今村復興相が被災地の現実や被災者の実情に寄り添っているとは到底思えない。

 しかしさらに問題なのは、今回の激昂会見を受けての、ネットやメディアの反応だ。

 ネットでは「しつこい記者」「横暴な質問」「怒らせるために質問している」などと記者本人やその質問に対しての批判だけでなく、「フリージャーナリストではなく活動家」「妻子は?」などの誹謗中傷の炎上騒ぎまで巻き起こっている。
 
 大手メディアの報道も問題だ。今回の会見を面白おかしく報じてはいるが、しかし記者と今村復興相を揶揄、嘲笑するだけで、ことの本質、つまり原発避難者、自主避難者たちの実情や、避難指示解除のデタラメさについてはほとんど触れようとはしない。しかも、会見現場では「一人で質問時間を取った」とフリージャーナリストを非難する声まで上がっていたという。

 そもそも、記者会見に特権的に出席できる大手紙記者が、これまで原発事故や避難問題に対し、まともに国の責任を追及してこなかったからこそ、今回のようにフリージャーナリストが追及せざるを得なかったのではないか。国民の生活、生命、財産がかかっている大きな問題にも関わらず、大手マスコミは原発被害の問題を熱心に追及してきたとは言いがたい。

 そして、政府が掲げる「復興の加速化」などといった一方的なスローガン、国策のもと、事故が風化され、避難者やその支援者たちが忘れ去られようとしている。今回の今村復興相の激昂会見は、こうした安倍政権の被災者切り捨て政策を見事に体現したものだ。

 今回の問題を機に、もう一度原発事故、そして被災し避難を続ける多くの人々、そして政府の責任について、国民一人一人が考えるべきだろう。
(伊勢崎馨)