28日、初めての日本旅行で夫と共に京都を訪れた中国人女性が、京都の印象について旅日記につづっている。

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2017年3月28日、初めての日本旅行で夫と共に京都を訪れた中国人女性が、京都の印象について旅日記につづっている。

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今回の日本旅行は、台湾での新婚旅行がきっかけになったのは間違いない。台湾には多くの日本式建築物が残っており、その建築様式と庭園の設計が、私たちの心を日本に向かわせたのだ。台湾の日本式建築物には「郷に入っては郷に従え」で、変更が少なからず加えられていたため、だったら直接日本に行って「目の保養」をした方が良いということで、今回の京都の旅になった。初めての日本で首都の東京ではなく京都を選んだのはこのゆえなのだ。

京都の街は、中国国内の小さな町のようで、低い家屋が並び狭くて複雑に入り組んだ路地になっている。きらびやかで高い建物はなく、生活習慣さえ現代的な感じがしなかった。日本の「ナイトライフ」を楽しんでみたいと思っていたが、午後6時には店が閉まり始めて、7時になると基本的に一部のレストランと24時間営業のコンビニしか残らないのだった。

日本人は慎重で自制的な性格であるため、庭からは松の枝が外に出ているだけで、大部分の景観は低い壁に阻まれて見えない。見たかったら家主の招待を受けて入るほかはないようだ。京都は古都であるため先祖代々の家が多く、何代も修理を繰り返して今に至っており、先祖の商売を代々引き継ぐ数百年の老舗店も多い。

私たちが泊まった旅館の隣は、陶器を作る家で、主人は白髪のおじいさんだ。とある午後に私たちが旅館へ帰る途中、ちょうどこのおじいさんがドアを開けてお客さんを送る所だったので、家の中にところ狭しと並べられた陶磁器や窯炉が見えた。陶磁器が専門の夫は、よだれを垂らすかのようにじっと見ていたが、家主のおじいさんから招かれることはなかった。

私たちは、哲学の道で陶芸家の夫婦に出会った。私たちが陶芸の専門家だと知って、わざわざこの陶芸家の生活や仕事環境を見学させてくれたのだが、それは私たちにとって夢にまで見たものだった。きっとこの陶芸家夫婦は、京都にいる多くの手作り職人の縮図なのだろう。京都のようにゆったりとした生活環境は、手作り職人にとって天国のようだ。作品に対する敬意を示すため、現場の写真は撮らないことにした。(翻訳・編集/山中)