戦国の軍学書『甲陽軍鑑』の教えでは、戦場での実戦で最後の拠り所となる4つの必須武芸として、「弓・鉄砲・馬・兵法」を挙げている。

 戦場に限らず、こうした「武芸に通じた人」は技量と共に、それなりの権威というものが自然と備わり、やがては、その教えを請うたり弟子入りを志願するような人も増えるものである。しかしそうして弟子を取り指導者的な立場になると、人というものは自然に慢心が生まれるものなのだと『甲陽軍鑑』では戒めてもいる。

 これらの武芸の達人は、「弓使い」、「鉄砲撃ち」、「馬乗り」、「兵法使い」と敬意をもって呼ばれるものの、そう呼んで持ち上げる同僚の本心には実は敬意はなく、むしろ嫉妬などによる悪感情が渦巻いていると忠告しているのだ。

 現代ビジネスマンの卑近な例でいえば、「ゴルフの腕」に例える事ができるだろう。

 本当にゴルフが上手ければ、ゴルフ接待や社内コンペなどの場では自分の実力を加減して、わざと負けることで接待先を喜ばせたり、上司を持ち上げることに使えばいいのである。

 ところが、人はどうしても自己顕示欲があるから、例えば、学生時代からゴルフ部で鳴らした経験があったりしていると、つい、社内コンペなどで皆の前で実力を発揮したいという欲望に駆られてしまうものなのだ。一応、建前は「無礼講」であっても、目下の若造や部下が、年長者や上司である自分よりも、はるかにハイスコアでホールを回るのは決して心理的に気持ちの良いものではないだろう。

 まして、ゴルフの心得があるからといって、社内でレッスンを引き受けたり、ショットのたびに偉そうなアドバイスをしたりすると、ゴルフの腕が劣る上長や同僚からみれば、「ちょっとゴルフが上手いだけの不遜な奴」と、ネガティブに捉えられる懸念がある。

 どんなにその分野の達人になっても、指導者的立場となり弟子を取るような真似は、敵を作る原因となるので絶対に慎むべきであり、それは本人にとって無益なことだから止めるようにと、『甲陽軍鑑』は人の自己顕示欲について、すでに400年前に説いて戒めているのだ。

 現代のビジネスマン社会にも充分に通じる教えだと思うのだが、いかがであろうか。