ラーメン界のスタバ「一風堂」がグローバル企業になれた理由

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ラーメン店をスタイリッシュな場所に変えたいとの願いで、河原成美が地元福岡に一風堂を開いてから30年以上の月日が経った。河原はラーメン店のイメージを”ベトついて汚い”から”スタイリッシュで入りやすい”に変えただけでなく、上場を果たすまでに自社を成長させた。

運営会社の「力の源ホールディングス」が3月22日、東証マザーズに上場した。24日金曜日の取引終了時点で株価は340%上昇し、2639円をマーク。河原が保有する自社株26%の時価総額は6900万ドル(約77億円)となり、アジアで最もリッチなシェフの1人となった。一風堂以外にも複数のブランドを持つ力の源ホールディングスの2016年の連結売上高は、前年比17%増の208億円だった。

おしゃれなラーメン店を目指して

日本のソウルフードともいえるラーメンは今でこそ老若男女問わず誰からも愛されているが、一風堂が出現するまでは男性向けの食べ物という位置づけだった。店には鼻をつく臭いが充満し、労働者たちがすし詰め状態で食事をする場所というイメージがあり、スタイリッシュさや清潔さからは程遠い存在だったのだ。

当時31歳だった河原は1985年に一風堂を創業。従来のラーメン店と一線を画したのが店内のデザインだ。一風堂の店舗ではシンプルなイメージを実現するために木製のインテリアが使われており、エレガントでモダンなデザインが特徴だ。「私にとってクールであることはとても重要です」と河原はかつてインタビューで語っている。「一風堂という名前を筆書きしてみたことがあるのですが、本当に見た目が格好いいんですよ」

もう1つ画期的だったのが臭みのない豚骨スープだ。河原によると、マイルドで重すぎず臭いを抑えた豚骨スープに細麺を組み合わせたラーメンこそが良いラーメンだという。

おしゃれな店内とマイルドな豚骨スープを武器にラーメンのイメージを覆そうと立ち上がった一風堂は、1994年にオープンした新横浜ラーメン博物館に出店を許された8店舗の1つに選ばれた。さらに河原はテレビ東京の「TVチャンピオンラーメン職人選手権」で3連覇を達成、2005年にはテレビ番組「麺王」でも優勝を果たした。

福岡からニューヨーク

カウンター10席の1号店から世界中に70店舗を構える規模となった一風堂は、世界でも指折りのラーメンチェーン店の1つだ。今ではニューヨークやパリ、北京でもその味を味わえるが、海外展開は最初から順風満帆だったわけではない。

一風堂を”ラーメン界のスターバックス”にするために、河原は世界の”中心”に店を構えたいと考えた。2008年に海外進出1号店をオープンした地はニューヨーク。この町を世界のラーメンの中心にしようと河原は計画した。しかし日本では愛されていた一風堂のラーメンは脂っこくて塩辛いと酷評されてしまう。

そこで河原はアメリカでラーメン文化を根付かせるべく、アメリカ人の味覚に合わせたラーメンを作る方向に戦略を変えた。日本の伝統的なラーメンを広めるのは、一風堂のブランドが浸透してからにしようと考えたのだ。まずはラーメンを短くし、箸に慣れていない人のためにスプーンも用意した。さらにクラムチャウダーラーメンやベジタリアンラーメンなど、より西洋人がなじみやすいメニューも開発した。努力のかいもあり9年目を迎えた今、ニューヨーク店には長蛇の列ができている。ニューヨークで成功できた大きな要因が、口コミサイトYelpにおいてニューヨークで一番おいしいラーメン店の評価を得たことだと河原は言う。

一風堂はアメリカではニューヨーク以外にもカリフォルニアに数店舗を展開している。2016年9月にはアメリカ最大の中華料理チェーン店パンダエクスプレスと提携し、テイクアウト専門店の「黒帯〜KURO-OBI〜」もオープン。今後ショッピングモールなどに出店を拡大したいと河原は語っている。