稲田朋美防衛大臣が正念場を迎えている。

 日報問題とその後の相次ぐリークにより、野党からは辞任要求が相次ぎ、ついにはあの産経新聞までもが、事実上の「辞任勧告」論説を掲載するようになった。

 しかし、今回の件で稲田大臣は自由と民主主義を守るためにも決して辞任するべきではない。今回はその理由を述べてみたい。

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相次ぐリークとその背景

 まずは状況を簡単に整理しよう。

「日報問題」とは、南スーダンに派遣した国連平和維持活動(PKO)部隊が作成した日報を陸上自衛隊が「廃棄した」と説明しながら保管していた問題である。その問題をめぐって現在リーク合戦が起きている。稲田大臣が日報問題について何か答弁なり釈明をすると、それを裏返す資料や、防衛省幹部の匿名コメントがメディアに出てくるのだ。

 3月18日のFNNニュースでは、防衛省幹部が「ごく一部の人が、特定の意図を持ってリークしているのでは。そこは、監察にぜひ調べてもらいたい」とコメントしていた。

 実際、防衛省内外ではリーク合戦の内幕として
「南スーダン撤退決定について相談されていなかった陸自の稲田大臣への復讐」
「現在の統幕長(海将)に責任を取らせて早期に退任させ、陸の統幕長を誕生させたいという陸自の仕掛け」
「院政を布く元陸将派VS反元陸将派という陸自内の派閥抗争」
「統幕(内局・制服)と陸幕(制服)の足の引っ張り合い」
「この問題で矢面にたっている内局部員(自衛官以外の防衛省職員)に対する他の内局部員からの攻撃」
などさまざまな説がささやかれている(注目すべきは制服組を示唆する説が多いことだろう)。

 いずれの説が正しいのかは現時点では特定できないが、防衛省内の個人または組織のいずれかが何らかの思惑を持ってリークしているとみて間違いないなさそうだ。

稲田大臣への批判は分からなくもないが・・・

 他方、稲田大臣が批判を受けるのは、やむをえない面もある。

 陸自の主要装備であり、国民の多額の血税を投じて調達中の水陸両用車の名称を「AAV8」と珍回答したり(正しくは「AAV7」)、その答弁はいつも自信なさげである。実際、自分の言葉でしゃべる自信がないためか、記者懇談会にも出てこないという。

 そして、有識者・元次官・元幕長の指定席である防衛省政策参与を全員クビし、後任を選ばないことも批判の材料となっている。省内の制服組の中には、彼女の性格や行動を皮肉って「巨大不明生物」と呼称する向きもあると聞く。

 だが、果たして、防衛省の制服組なり内局部員のリークに乗せられて稲田大臣を辞任に追い込んでしまってよいのだろうか。

 もし稲田大臣が辞任すれば、防衛省・自衛隊が気に入らない大臣や政権を潰す前例ができてしまう。もしくはその可能性を自衛官に示唆することになる。

 また、結果的に、ただでさえ低下気味の内局の政治的影響力を削いでしまうことにもなりかねない。内局はセカンドオピニオンを果たすだけでなく、政治家が三自衛隊を総合的に監督するのを補佐する唯一の組織である。

 三自衛隊は、それぞれが自らの軍種や職種の利益および軍事的合理性に走りがちである。だが、それでは戦争(特に現代戦)には勝てない。三自衛隊の作戦や戦術に現在の戦略環境で重要な「政治的な見地」を加え、そして、予算の全体最適を果たすためにも、内局はきわめて重要な存在なのだ。

現実に沿った文民統制とは

 何よりも問題なのは、「文民である政治家が軍隊を統制する」という文民統制の原則が、リークによって大臣が辞任するなり内局の影響力が低下することで骨抜きになりかねないということだ。

 政軍関係の専門家であるアンドリュー・ベースビッチ(ボストン大学教授)は以下のような趣旨を述べている。

「一般論として、文民統制の原則とは、非常に強力な軍隊と高い影響力を持つ将校たちが我々の民主主義に対して危険をもたらさないという保証によって成り立つ──とされている。だが、現実はかなり複雑だ。

 実際には、大統領が何を決定したとしても、軍人が忠実に実行するというのはフィクションだ。将軍たちはサボタージュもするし、自らの組織の利益のために動こうとする。彼らは大統領や国防長官の政策を覆すために、利益が一致する議員を動かしたり、上司を困らせたり、逮捕させるような資料のリークを行うのだ」

 実際に米国では、1993年にゲイの軍人を容認をしようとしたクリントン大統領に対してアメリカ統合参謀本部のコリン・パウエル議長が攻撃を行い、政策を変えようとしたことがある。また、2010年頃には、高級軍人たちがリークによって対アフガン政策を動かそうとした事件があった。

 つまりベースビッチは、現実の文民統制とは、形式主義的な定義を振りかざすのではなく、軍人がリークや議員への勝手な働きかけによって政策的な影響力を不当に拡大し、安全保障政策を揺るがすことを防ぐことだと示唆しているのである。

国会による文民統制とは何かを問い直すべき

 民進党や共産党の一部の野党政治家たちは、稲田大臣を辞任させることが文民統制を維持する方法だと考えているようである。だが、結局それは「国会による文民統制」を放棄し、「政府による文民統制」を破壊する行為だと言わざるを得ない。

 本当に文民統制を維持したいのならば、野党のやるべきことは、特別監察の調査結果が満足のいくものになるまでは稲田防衛大臣に続投させることであろう。

 今回の問題の火元が内部からのリークである以上はなおさらである。制服組なり内局部員のリークによって大臣が辞任するような前例や可能性作りに加担してはならない。確かにその能力や適否に否定的な向きが多いが、それはさておき、野党こそが「がんばれ! 稲田大臣」と主張するべきである。

 3月22日の米上院軍事委員会では、「ロシアのT-90A戦車が米国のM1エイブラムス戦車に匹敵するか」が議論されている。こうした議論は我が国では管見の限り全く存在しない。また、2010年の相次ぐリーク騒動に際して、国防長官なり大統領は辞職せよ!等という騒動にもなっていない。これこそが「議会による文民統制」の正しい姿というべきであろう。

 そもそも我が国で文民統制に関する精緻な議論がされてないから、野党の揚げ足取りがまかり通ってしまうのだ。誰もあるべき政軍関係や文民統制の具体的な内容が見えてないから、稲田大臣が困ればリベラルも保守も拍手喝采になってしまう。そうした現状が国益に沿うはずがない。

 稲田大臣を当面は辞職させるべきではないし、今こそ、現代戦であるべき「国会」や「政府」の文民統制のありようについて具体的に議論を始めるべきだ。それこそ、野党の責務であろう

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筆者:部谷 直亮