東京電力HD経営陣(Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

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 東京電力ホールディングス(HD)は3月31日、会長に日立製作所の川村隆名誉会長を起用するなど新しい首脳人事を発表した。

 新社長には東京電力HD取締役で子会社の社長を兼務する小早川智明氏が昇格し、現社長の広瀬直己氏は新設の執行役副会長に棚上げされた。社外取締役には槍田松瑩(うつだ・しょうえい)・三井物産顧問、冨山和彦・経営共創基盤最高経営責任者(CEO)らが就く。これらの人事は、6月の株主総会を経て正式に就任する。

「広瀬社長では経営改革はできない」――。そんな意見は少なくなかった。社内の守旧派からの支持はあったものの、社外の広瀬氏に対する風当たりは強かった。

 今回の人事を仕切ったのは、経済産業省だ。現会長の數土文夫氏は製鉄大手JFEホールディングスの出身。政府が送り込んだ數土氏や社外取締役と、広瀬氏ら生え抜きの役員が対立した。そのため経産省は、昨年から水面下で“広瀬降ろし”に動いた。

 これに対して広瀬氏は、3月の記者会見で「先頭に立って引っ張っていく人材が必要。私がやらなければならない」と“続投宣言”とも取れる発言をし、巻き返しを図った。

 対立が続くなか、続投に意欲的だった數土氏が今年2月頃「広瀬社長が退任するなら、自分も降りる」と周囲に漏らし始めた。これで數土氏の後任選びが本格化し、昨年末に福島第一原子力発電所事故費用の新しい試算をまとめた政府の有識者会議のメンバーで、日本経済団体連合会(経団連)副会長を務めた川村氏が、新会長として急浮上。外堀を埋められた広瀬氏は退任に追い込まれた。広瀬氏は“中二階”の副会長として、福島第一原発事故の対応にあたる。そして後任の社長には広瀬氏より10歳以上若い小早川氏に白羽の矢が立った。

 経産省の有識者会議「東京電力改革・1F問題委員会」は昨年末、福島第一原発事故の処理費用が従来想定から倍増する計21兆5000億円に膨らむと答申した。この会議のメンバーだった川村氏らが、次の経営陣を固める。

【東京電力HD新経営陣】
取締役会長 川村隆(日立製作所名誉会長)
副会長(福島統括) 広瀬直己(東京電力ホールディングス社長)
取締役社長 小早川智明(東電エナジーパートナー社長)
取締役 金子禎則(東電パワーグリッド副社長)
取締役 川崎敏寛(デプコカスタマーサービス社長)
取締役 武谷典昭(東電HD常務執行役)
取締役 山圭太(東電HD取締役執行役、原子力損害賠償・廃炉等支援機構連絡調整室長)
取締役 牧野茂徳(東電HD原子力人財育成センター所長)
取締役 守谷誠二(東電フュエル&パワー常務取締役)
社外取締役 安念潤司(中央大学法科大学院教授、弁護士)
社外取締役 槍田松瑩(三井物産元社長兼会長)
社外取締役 國井秀子(芝浦工業大学学長補佐、元リコー理事)
社外取締役 高浦英夫(公認会計士)
社外取締役 冨山和彦(経営共創基盤最高経営責任者)
※広瀬氏は執行役副会長で取締役ではない

 なお、6月から川崎氏は東電エナジーパートナーの社長、守谷氏は東電フュエル&パワーの社長、金子氏は東電パワーグリッド社長になる。

●日立再建の実力者、川村氏に利益相反の懸念

 日立製作所は2009年3月期に7873億円の最終赤字となり、「製造業で最悪の赤字」と酷評された。そこで、すでに社外に去っていた重電出身の川村氏が呼び戻された。川村氏は09年4月、日立の社長に就任するにあたって、会長の庄山悦彦氏にひとつだけ要請した。緊急事態でもあり、経営のスピードが何よりも大事であるとして、「私が会長と社長を兼任し、素早く意思決定できるようにしたい」という条件だった。

 川村氏は「ラストマン」の覚悟で社長を引き受けた。ラストマンとは、川村氏が30歳の日立工場の課長時代、日立工場長(のち日立製作所副社長)の綿森力氏に教えられた言葉で、「最後に責任を取る人」という意味だ。川村氏は、その言葉を胸に社長の椅子に座った。そのころ川村氏は、「日立は倒産するかもしれない」と本気で考えていたという。

 川村氏は、中西宏明氏、高橋直也氏、八丁地隆(はっちょうじ・たかし)氏、三好崇司氏、森和廣氏の5人の執行役副社長と、計6人で大きな方針を決める体制にした。会議の参加者が10人を超えると、途端に意思決定の速度が鈍り停滞するからだ。

 川村氏を含めて3人の復帰組の名前が「たかし」だったことから、「三たかし、波高し」と先行きを揶揄する記事が経済専門紙に載った。血判状こそつくらなかったが、この6人組が日立の構造改革に本気で取り組んだ。川村氏の日立改革が成功したのは、子会社に飛ばされて本体とのしがらみがなかった6人で「経営チーム」を組んだことが大きい。

 同様に、東京電力HDの改革を成功させるには、しがらみのない経営チームを組めるかがポイントになる。これが、川村氏の最初の高いハードルだ。だが、早くも川村氏の舵取りを懸念する声が上がっている。日立は東京電力HDに原発の機器を納入し、福島第一原発事故の廃炉・汚染水対策にかかわっている。仕事を発注する東京電力HDと受注する側の日立。川村氏は日立の元経営者で、今回、東京電力HDの会長になる。一方の利益が、もう一方の不利益になる「利益相反」の状態に近い。
 
●槍田氏と冨山氏は何をやるのか

 また、槍田氏は、かつて三井物産の再建に携わった。

 02年、自民党代議士の鈴木宗男氏がらみと指弾された国後島など北方3島のディーゼル発電所施設をめぐる偽計業務妨害事件で、“三井物産のドン”といわれた上島重二会長と、清水愼次郎社長が引責辞任に追い込まれ、三井物産には激震が走った。

 信用回復と企業体質の改善という至上命題を背負い、10人の経営会議メンバーの末席から槍田氏が社長に抜擢された。

 三井物産の病理は、社長を退き会長になった人物が“院政”を敷く体制にある。改革をするために登場したはずの槍田氏も、例外ではなかった。09年、飯島彰己氏に社長を譲ったが、会長として院政を敷き、15年にやっと顧問に退いた。院政期間中に、三井物産の最終利益が商社業界3位に転落。「院政の弊害」と非難された。槍田氏は、弁は立つが経営者としての実績は乏しい。

 経営コンサルタントの冨山和彦氏は、03年に産業再生機構の代表取締役専務兼業務執行最高責任者(COO)に就任し、カネボウやダイエーなど数多くの企業再生や経営改革に取り組んだ。

 07年、コンサルティング・企業再生を取り扱う経営共創基盤を設立し、代表取締役CEO(最高経営責任者)に就いた。09年9月、民主党政権が日本航空(JAL)の再生を検討させるためにつくった「JAL再生タスクフォース」のサブリーダーとなった。

 JAL再生タスクフォースは、JALの経営陣と対立した。金融機関や財務省の厚い壁に阻まれて、あっけなく敗北。その結果、タスクフォースは解体され、JALは会社更生法を申請した。後に冨山氏は「JALの公的再生は失敗だ」と語っているが、苦い経験だったのだろう。

「公的介入を排して、市場経済の原理で再生を果たす」というのが冨山氏の基本的なスタンスだ。そんな冨山氏は、政府が筆頭株主で、いわば国家管理されている東京電力HDの再建に、どんなシナリオを描いているのだろうか。東京電力HDの役員OBからは、「早晩、政府や東電とぶつかるだろう」と冷ややかな声も上がる。新経営陣の前途は「波高し」である。
(文=編集部)