東芝のフラッシュメモリ事業売却が、愚策ではないと言えるこれだけの理由(笠原一輝)

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東芝のフラッシュメモリ事業を巡る動きが急速に進んでいる。各種報道によれば既に入札が行われており、まもなく東芝のフラッシュメモリ事業の売却先が決定される(あるいはこのコラムが載る頃にはもう決定しているかもしれない)。

ここでは、東芝がフラッシュメモリ事業を売ることにはどんな意味があるか、買う側にはどんなメリットがあるか、そしてエンドユーザーには影響があるのかについて考えていきたい。

好調で将来性も高い東芝のフラッシュメモリ事業


フラッシュメモリとは、PCやスマートフォンの内蔵ストレージとして使われている不揮発性(電源が入っていなくても内容を保持できる)のメモリのことで、HDDに比べて低消費電力で、かつランダムアクセスが高速という特徴を備えている。このため、モバイル機器に採用が進んでおり、従来はHDDが一般的だったノートPCでも、フラッシュメモリへの移行が急速に進んでいる。

そうした背景により、市場規模は拡大しており、台湾の調査会社であるTrendForceが発表したプレスリリースによれば、2016年第4四半期と2016年第3四半期の比較では、市場全体で17.8%も売り上げ高が伸びているという。

そうしたフラッシュメモリ市場の中で、前出のリリースによれば東芝は、2016年第4四半期の段階で市場シェア第2位。韓国のSamsung Electronicsに次ぐシェアを持っている。

ちなみに、3位は米国のWestern Digital(SanDiskを買収したため)、4位は米国Micron Technology、5位は韓国SK Hynix、6位は米国Intelとなっており、成長を続けるフラッシュメモリ市場でシェア2位というのは、今後も有望なビジネスであると言えるだろう。

その東芝のフラッシュメモリ事業が今まさに売却されようとしている。各種新聞などの報道によれば、東芝は原発事業で生じた巨額の負債を埋める目的でフラッシュメモリ事業の売却を検討しており、既に入札が行われたとされている。そこには、Appleなどのエンドユーザーにもお馴染みの端末メーカーや、市場シェア3位のウェスタンデジタル、市場シェア5位のSK Hynixなどの名前が含まれていると報道されている。

これについて、多くの読者が感じるのは、「そんなにみんなが欲しがる虎の子の事業を売ってしまって東芝は大丈夫なのか」ということだろう。その疑問はもっともで、東芝は既に白物家電を中国の美的集団に譲渡、PC事業も分社化しており、VAIOや富士通との合併が破談になったことが昨年話題になったばかり。つまり、事業の切り売りが進んでおり、近い将来に東芝に残るのは何かと言われれば、確かにその問題になった原発事業などの巨大なインフラ系しか残らない可能性もある。

好調で将来性も高い事業だけど、今こそ売った方がいい理由とは...


しかしながら、記者として半導体を追いかけている筆者の目から見れば、東芝にとってフラッシュメモリ事業は、堅調で将来性が高いとみられている今こそ売り時で高く売れると感じている。それは、フラッシュメモリが、PCやスマートフォンのメインメモリに利用されているDRAMと同じようにコモディティ化が進み、近い将来、規模の経済による競争が激化すると予想できるからだ。

フラッシュメモリの技術は、3D NAND(3次元の構造を持つフラッシュメモリのこと)などの新しい技術が導入されているが、基本的には枯れた技術で、ある程度の半導体を製造できるメーカーであればそれなりのコストと時間をかければ製造することができる

(ただし、各社それぞれ特許を持っており、それを回避するために自社の持つ特許の利用権を交換するクロスライセンス契約などを結ぶ必要があり、交換できる特許を持たないメーカーは参入することが難しいという別の問題はある)

ではフラッシュメモリのメーカーにとって何が問題になるのかと言えば、それはシンプルに将来の技術(例えば製造技術や3D NANDのような新しい技術)と新しい工場建設にかかるコストに投資できるかどうかだ。例えば、半導体の工場の建設にかかるコストは膨大で、通常半導体メーカーは短ければ数年、長ければ10年程度をかけてそのコストを回収する。半導体メーカーにとって重要なのは、その長い期間に安定してコストを回収できるように製品を製造し続けて、安定した価格で販売するということにある。

ところが、例えばDRAMのようなコモディティ製品は、(特許の問題は別にすれば)誰でもある程度同じ品質の製品を作ることができるので、価格競争が激化しやすいのだ。コモディティ製品の価格は、需要と供給のバランスで決まるが、DRAMの歴史を振り返ると、需要がだぶつくと値段が劇的に下がり、製造コストを下回るような価格で販売されるということが何度も繰り返されている。

その結果、DRAMベンダにとってはある種のチキンレースのようになってしまい、誰かが破産して供給が減り需要と供給のバランスが改善されるまで資金をつぎ込んで我慢する、ということになりかねない。実際、DRAMでは2009年に市場シェア3位だったドイツのQimandaが経営破綻し、日本のエルピーダメモリもMicron Technologyの傘下に入るなどの、歴史をたどってきた。現在は旺盛なスマートフォンやPCの需要に支えられて、安定したビジネスであるフラッシュメモリ事業がそうならないという保証はどこにもない。

東芝のフラッシュメモリ事業は、これまでは東芝という大きな傘の下にあり、そういうチキンレースのような事態が発生しても問題がないと考えられてきた(つまりいざとなったら東芝の信用でお金を借りられたりできた、ということだ)。

しかし、その傘が破れてしまっている現状では、今後はそうはいかなくなるのは火を見るより明らかだろう。つまり、チキンレースが起こった時に、東芝の傘下にいてはチキンレースに耐えることができなくなる。だったらチキンレースにも耐えられる体力のある企業に売却してしまうのは論理的な解だし、チキンレースが発生していない今こそ高く売れる時期なのだ。



エンドユーザーは短期的にも長期的にも影響なし


日本の新聞などでは、東芝の持つ技術が外国(例えば韓国や中国)に流出することを心配する向きもある。しかし、その議論にはあまり意味が無いと思う。

繰り返しになるが、フラッシュメモリはコモディティな製品だ。もちろん、東芝の技術は世界冠たるものであるのは事実だが、いつかは追いつかれる技術でもある。東芝よりも遅れているベンダにとっては時間を短縮する効果はあるとは思うが、長い目で見ればそこにはあまり価値はないと思う。そのことはDRAMの歴史を紐解けば明らかだろう。どちらかと言えば、技術よりもクロスライセンスで交換できる特許の権利、その方が魅力的だろう。

では、買う側にとってのメリットは何かと言えば、シンプルに東芝の持つ市場シェアだろう。例えば、市場シェア3位のWestern Digitalの場合、東芝のシェアを加えると、1位のSamsung Electronicsにほぼ肩を並べることになる。半導体の世界では、市場シェアという数字がメーカーの力の源泉の1つであり、3位以下のベンダーにとってはまさにそれが大きな魅力だと言える。

最後に東芝がフラッシュメモリ事業を売って、エンドユーザーに何か影響があるかだが、短期的にも長期的にもないだろう。コモディティな半導体ビジネスは結局の所"規模の経済"の勝負になりがちで、寡占が進むことは避けられない。しかし、寡占が進んでも価格は結局需給関係で決まってくるので、やはり何も変わらない。DRAMの歴史がその何よりの証明だ。

(訂正)記事掲出時、東芝の白物事業の売却先をハイアールとしていましたが、美的集団の誤りでした。訂正しお詫びいたします。