新専門医制度の議論が急展開しそうだ。3月9日の参院厚生労働委員会で、塩崎恭久厚労大臣は「必要に応じて、地域医療に従事する医師、地方自治体の首長を含めた場で、日本専門医機構に対して、抜本的な対応を求めていきたい」とコメントした。

 厚労省関係者は「(日本専門医機構が拠り所とする)2013年度の専門医の在り方に関する検討会の報告書を上書きするための審議会を設置する方向で調整が進んでいる」と言う。

 彼らが問題視するのは、プロフェッショナル・オートノミーを錦の御旗に、大学教授たちが独善的に医療制度を変更しようとしていることだ。

 彼らの主張は、「すべての医師は専門医になるべきで、そのためには後期研修が必要。研修の場は大学病院が中心になるべきで、専門医の質を統制するため、統一した基準を儲けねばならない」というものだ。

[JBpressの今日の記事(トップページ)へ]

日本の医療界における伏魔殿

 いずれも大学教授たちの「妄想」で、彼らの主張を支持するエビデンスは希薄だ。

 このような統制は、まさにカルテルと言える。自由主義国家である我が国では独禁法など、様々な法律に抵触する可能性が高い。「プロフェッショナル・オートノミー」とは対極の行為だ。

 こんなメチャクチャが通用したのは、大学教授が密室で議論を進めたからだ。日本専門医機構のホームページをご覧になるとお分かりいただけるが、理事の大部分が大学教授か経験者である。議事内容の詳細は一切公開されていない。

 また、財務諸表が公開されていないので、このような組織に誰がカネを出しているかも分からない。こんな組織に、我が国の医療の将来を左右する巨大な権限を与えてはならない。

 新専門医制度の議論を正常化させるために必要なのは、日本専門医機構の幹部に制度の見直しをお願いする「陳情」ではない。情報開示と公での議論だ。最近、そのような動きが出つつある。

 きっかけは、2月に立谷秀清・相馬市長を中心とした医系市長会が、塩崎厚労大臣や菅義偉官房長官に「中・小規模病院が危機に陥る懸念」および「地方創生に逆行する危険と医師偏在を助長」などの意見を伝えたことだ。

 この動きをいくつかのメディアが報じ、全国の市町村長たちも問題を認識し、専門医制度が政治課題となった。

 医療は社会的な営みだ。その中心は住民である。住民を代表するのが首長であり、議会だ。彼らの意向を無視して、医師、特に大学教授だけで決めていい問題ではない。

 ただ、市町村長であれ、大臣であれ、政治家が介入するには世論が必要だ。この世論作りが難しい。

 では、誰が世論を作ったのだろう。私は、南相馬市立総合病院の3年目の研修医である山本佳奈氏の果たした役割が大きいと思う。

 山本医師は滋賀医大を卒業し、今春、南相馬市立総合病院で初期研修を終えた。大学在学中から私どもの研究室で学び、新聞やウェブ媒体に文章を発表した(JBpressの記事はこちら。1、2、3、4、5)。一昨年には『貧血大国・日本』を光文社から出版した。

産科医不足に悩む病院が産科医を拒否

 将来の夢は「女性のための総合医」。そのために貧血も勉強し、3年目以降は南相馬に残り産科研修を希望していた。ところが、彼女の希望は通らなかった。

 南相馬は産科医不足だ。市をあげて産科医の招聘に取り組んでいる。なぜ、山本医師が産科医として採用されなかったのだろうか。彼女の前に立ちはだかったのが新専門医制度と大学医局、さらに彼らの意向を忖度する南相馬市だ。

 新専門医制度では、福島県の産婦人科の基幹施設は福島県立医大だけだ。南相馬市立総合病院は連携施設という位置づけになる。福島県で産婦人科専門医を取得したければ、福島県立医大のプログラムに沿って研修するしかない。

 彼女は、福島県立医大の教授に、「南相馬で産婦人科医として働きながら専門医を取得したい」と相談した。ところが、その回答は「南相馬の市立病院は指導医が1人しかいないから、福島県立医大に所属したとしても派遣されることはない」とつれなかった。

 彼女は悩んだ末、専門医の資格を諦めた。そして、病院幹部に「南相馬で働きたい」と希望を伝えた。

 ところが、しばらく経って、福島医大の医局に属する40代の指導医が「忙しくて指導できない。山本さんは自由時間を求めて、ずっと病院にいないから、ここで研修するのは無理」と言っていることを伝え聞いた。

 私も幹部から直接話を聞いた。そして、呆れ果てた。確かに、この医師は1人医長としてよく働いている。ただ、20代の女性を雇用しない理由として、「ずっと病院にいない」ことを挙げるのは尋常ではない。明白な労基法違反だ。本当の理由は別にあるのだろう。

 実は、南相馬市立総合病院で勤務を希望する産科医は、これまでにもいた。直近では福島医大の幹部が仲介して、県外から医師が来る予定だった。ところが、これも南相馬市立総合病院から断ってしまった。山本医師に対する対応と同じだ。

 ところが、最近になって、福島医大の後期研修医が急遽派遣されることになった。指導医は、今回は「多忙で指導できない」と断らなかったらしい。この指導医は、自分が務める病院よりも医局の方が大切なようだ。

 このような対応は、住民のためにならない。住民の立場に立ち、このような医師の対応に苦言を呈するのは、南相馬市立総合病院の院長、および市長の仕事だろう。ところが、彼らは、その役割を果たさなかった。

 驚いたのは、桜井勝延・南相馬市長の対応だ。

桜井勝延・南相馬市長の不可思議な行動

 院長が指導医と山本医師の間を懸命に取り持とうとしているのを傍目に、3月中旬になって桜井氏は「福島医大を批判する医師は雇用できない(南相馬市関係者)」と院長に伝えたのだ。さらに「雇用するなら誓約書を書かせる(いずれも南相馬市関係者)」と迫った。

 院長は、産婦人科で研修できるか否かはともかく、山本医師に新年度の雇用を約束していた。新年度まで2週間あまりの段階で、雇用関係を破棄するのは「労基法に抵触する可能性が高い(知人の弁護士)」という。

 桜井市長が問題視したのは、山本氏が医師専用のサイト「エムスリー」で「福島医大の産科体制を批判したこと(別の南相馬市関係者)」らしい。

 医師専用サイトを桜井市長が見るはずがなく、誰が彼に情報提供したかは明らかだ。公で議論する研修医に対して、卑怯な手段を弄したことになる。また、医師同士のサイトでの言論を、市長が人事権をひけらかして抑制するなど前代未聞だ。

 実は、桜井市長の対応に「最も怒ったのが、福島医大の竹之下誠一理事長(福島医大関係者)」だ。

 竹之下氏は、桜井市長に電話し、「山本医師を雇用するように迫った(福島医大関係者)」。そして、山本医師や及川友好・南相馬市立総合病院院長に対し、「希望する研修ができるように全面的に支援する」と伝えている。

 この結果、4月から山本医師は、南相馬市立総合病院の嘱託となり、神経内科に勤務する。「将来的には産科をはじめ、女性を診療する科で学びたいと考えています」と話す。

 紆余曲折があったものの、山本医師は何とか後期研修をスタートできた。福島医大の医局員と市長による圧力と戦って、彼女が何とかポジションを確保できたのは、様々な媒体でこの問題を報告してきたからだ。

 「そんなことをすると君のためにならない」と忠告してくれた医師もいたが、多くの人が問題点を理解することになった。南相馬市の地域医療にとって、彼女を追い出すか、迎え入れるか、いずれが良いかは議論の余地がない。先入観なく、話を聞けば、みな、真っ当な判断をする。

 実は、その中の1人が塩崎厚労大臣だ。塩崎氏にとっても、被災地の医療、地域医療は重大関心事だ。南相馬市の産科医療には大きな関心を寄せている。

若き女性医師の意志が厚労大臣動かす

 彼は山本さんの話を聞いて、直接連絡した。そして、面談した。面談の実現には、地元選出の森まさこ議員も尽力した。そして、冒頭の塩崎厚労大臣への発言へと繋がった。

 また、竹之下氏は今春、理事長に昇格した。私もおつき合いがあるが、極めて真っ当な人物だ。彼が理事長となり、これまで批判されることが多かった福島医大は変わるだろう。事実、今回の問題は、彼なしでは解決しなかった。

 塩崎氏であれ、竹之下氏であれ、彼らが問題を知ったのは、山本医師の発信がきっかけだ。山本医師は実に大きな役割を果たした。

 福島の医師不足の緩和には、東京や西日本のような医師の多い地域からの流入が必須だ。ところが、このケースが示すように、時に、医局は部外者を徹底的に排除する。それを地元の市長までが後押しする。

 地方の医療を充実させるために必要なのは、医局の独走を防ぐ仕組みを作ることだ。そのためには、徹底的な情報公開と適切な人事だ。

 今回の件での桜井・南相馬市長の振る舞いは、やがて多くの市民が知ることになるだろう。桜井氏は年内に改選を迎える。彼を評価する際の1つの基準になるだろう。かくのごとく、政治家に対しては住民が評価できる仕組みがある。

 ところが、多くの地方で医局は医師派遣の実権を独占しており、学会は医局を仕切る教授の集まりだ。学会の幹部たちは専門医制度から多くの利益を受ける。彼らが立ち上げたのが日本専門医機構だ。形式的に単なる任意団体だ。

 強大な権限を持つのに、住民はもちろん、政府のチェックも受けない。この組織が独走すれば、我が国の医療は決定的なダメージを受ける。抜本的な見直しが必要である。

筆者:上 昌広