これまで五輪は2回出場し、個人種目では5位が最高。「善戦止まり」のイメージが強かった小平奈緒(30)が、驚異の進化を見せている。

 2月26日、500mと1000m2種目の合計タイムで争う、スピードスケート世界スプリント選手権で日本女子初の総合優勝。得意の500mに至っては今季無敗と、平昌五輪では金の期待が膨らむ。

 30歳での覚醒――。その秘密は、「セルフプロデュース力」にあった。

 初めてスケート靴を履いたのは3歳のとき。故郷の長野県茅野市は、スピードスケートが盛んな地。負けず嫌いの性格は母親譲りだという。

「小学6年のとき、ソフトボール投げの大会で、市で3位になったんです。それから一週間、自分でいろいろフォームを研究してね。県大会では市の大会で負けた子に勝ったんです」と父の安彦さん。母の光子さんが続ける。

「不器用なんですが、興味を持ったら納得いくまでやる。オムレツ好きになったら毎日オムレツ。竹馬も一輪車もできるまで一生懸命。そういうコです」

 長野五輪で、清水宏保の金メダルを見て衝撃を受けた。その清水を育てた結城匡啓氏(51)の指導を受けたいと、中学生のときにすでに信州大学への進学を希望した。

 大学卒業後は地元の相澤病院の所属選手に。有力選手は実業団に所属するのが常だが、あえてその道を選ばなかった。

「結城さんの指導を受けつづけたかったのが最大の理由。加えて、彼女の『一匹狼』的な性格もあった。チームに所属すれば、どうしても周囲に合わせる必要がある。そういった環境は自分に合わないと、判断したのだと思います」と語るのは、長年五輪競技を撮影してきたカメラマンの藤田孝夫氏。

「ソチ五輪後、単身でオランダに渡った彼女を取材しました。オランダは世界一のスケート大国で、スケートは国民的スポーツなんです。そんな環境に身を置きたかったと話していました。そしてなにより、長野・トリノ五輪金メダリストのマリアンヌ・ティメルの指導を受けたかったと。住んでいたのは牛舎を改装したアパートの2階。彼女は童顔だし、『まるでハイジじゃないか』って(笑)。ふだんの性格は、おとなしくて優しい。けれども、目標へのこだわりは人一倍頑固です」(同前)

 日本人では前例のなかった単身オランダ修行から、昨年帰国した小平には、「BOZE KAT」(オランダ語で「怒った猫」)というニックネームがつけられていた。

 最初はコーチのティメルが、フォームのイメージを伝えようとした言葉だった。それが童顔の小平が、試合で集中したときに見せる、ふだんの性格とは一変する雰囲気になぞらえて、オランダ選手の間で定着した。今季の快進撃の活躍で、その愛称は世界にも広がっている。

「オランダでの経験が糧になっているのは間違いない。スピードスケート女子500mには、五輪を連覇している韓国の李相花(28)という絶対的女王がいますが、今季は李に負けていません。平昌五輪は2人の一騎討ち。小平は日本女子スピードスケート史上初めて、金メダルを期待されながら五輪のリンクに立つ選手になる」(藤田氏)

 30歳。気になるのは恋の相手だが、「こっちが心配になるほど、何もないんですよ」(光子さん)。「怒った猫」の眼中に恋はない。

(週刊FLASH 2017年3月21日号)