一昨季のJ1王者、サンフレッチェ広島が苦しんでいる。

 広島は今季J1で第5節までを終え、いまだ勝利がなく、4連敗中。開幕戦で引き分けの勝ち点1を挙げたあとは、ずっと負け続けている。

 しかも、ここまでの対戦は、昨季15位のアルビレックス新潟、今季J2から昇格してきた清水エスパルス、コンサドーレ札幌といった、”勝っておきたかった相手”がズラリ。直近の第5節でも、ともに3連敗中だった柏レイソルに0-2で敗れている。

 大宮アルディージャが開幕戦から5連敗しているため、最下位こそ免れているが、現在の順位はブービーの17位。これから先、上位勢との対戦に入っていくことを考えると、不安はさらに膨らむ。

 2012年、2013年の連覇のあと、2015年に3度目のJ1優勝を果たしてから、わずか2年。あれほど強かった広島に、いったい何が起こっているのだろうか。

 ここまでの5試合で総得点2総失点7という数字が示すように、深刻なのは得点不足だ。2得点にしても、そのうち1点はCKによるものだから、流れのなかから生まれたゴールはわずか1点にとどまる。攻撃がうまく組み立てられない。大雑把に言ってしまえば、そのひと言に尽きる。

 広島と言えば、低い位置からでもパスをしっかりとつないで攻撃を組み立てられる、ビルドアップのうまさが大きな武器だった。

 3バックはパスセンスに優れるだけでなく、自らボールを持ち運ぶこともできる。彼ら攻撃力の高いDFにボランチが加わって連係し、タイミングよく打ち込まれたクサビの縦パスを合図に、攻撃が動き出す。ピッチ上で何人もの選手たちがダイナミックに連動する攻撃は、見ていて実に迫力があった。

 しかも、相手ディフェンスがクサビの縦パスを防ごうと前方向に意識を傾ければ、今度はロングパス1本でいとも簡単にDFラインの背後を突く。広島の攻撃は、そうした駆け引きにも長(た)けていた。

 時計の針を巻き戻せば、こうした流麗な攻撃のベースを作ったのは、ペトロヴィッチ前監督(現浦和レッズ監督)だ。そして、それを土台に守備を整備し、広島を勝てるチームに仕上げたのが、現在の森保一監督。4年で3度のJ1制覇という大偉業は、いわば優れた”クリエイター”と”アレンジャー”の合作である。

 つまり、結果的にペトロヴィッチ監督が去ってから花開いた広島だったが、こと攻撃に関して実質的に支えていたのは、前監督の”遺産”だった。

 FW佐藤寿人、MF森粼和幸、MF森粼浩司、MF郄萩洋次郎、MF青山敏弘など、ペトロヴィッチ監督の薫陶を受けた選手が軸となり、流れるようなパスワークから繰り出される、厚みのある攻撃を生み出していた。彼らという確たる軸が存在したからこそ、DF千葉和彦、DF塩谷司、MF柴粼晃成、FW石原直樹といった移籍加入の選手も、すんなりと広島のサッカーにハマっていった。

 しかし、前監督が広島を離れてすでに5年。頼りの中心軸も、徐々に揺らぎ始めている。

 例えば、第5節柏戦に先発した11名のうち、ペトロヴィッチ監督時代を知る選手は、青山、MF清水航平、DF水本裕貴の3名だけ。特に前線の変則3トップ”1トップ+2シャドー”は、すべて昨季途中から今季にかけて加入した選手である。要するに、広島のコンビネーションや連動性の要とも言うべきポジションの3名は、完全に入れ代わっていた。

 その結果、3バックやボランチから前線へ効果的な縦パスが入ることはほとんどなく、当然、それを合図に1トップ+2シャドーが阿吽(あうん)の呼吸を見せることもない。それどころか、「ビルドアップに長けている広島に自由を与えないよう、前線から連動してプレッシャーをかけ続けた」(柏・下平隆宏監督)という柏の前に、パスの出しどころを見つけられない3バックやボランチが、あっさりとボールを失うケースのほうが目についた。

 敵将のコメントにもあるように、広島に対して対戦相手が高い位置からプレスをかけることは定石。決して今に始まったことではなく、広島の選手にしても面食らうようなものではなかったはずだ。

 にもかかわらず、広島はあまりにも脆かった。結果的にボールを失うかどうかはともかく、そのプレスをかいくぐってどうにか自分たちの形に持ち込もうとする野心が感じられなかった。どこか淡泊だった。これでは持ち味を発揮するのは難しい。

 キャプテンのボランチ青山は、自らのミスが2失点目につながったことについて「1失点しても、みんな我慢して戦っていたのに、自分が我慢できなかった。申し訳ない」と口にし、険しい表情のままこう語った。

「見てのとおり、うまくいっていないのは確か。(1トップ+2シャドーの)前の3人が全部入れ替わって、3バックも考えるところはあると思うけど……。”らしさ”を出すにはどうすればいいのか。コーチングスタッフに(指示を)言われるだけでなく、自分たちでも考えてやっていかなければいけない」


4連敗を喫して、厳しい表情を浮かべるサンフレッチェの青山敏弘 2011年から2015年に迎えた黄金期を経て、現在の広島は過渡期にある。ディフェンディングチャンピンとして臨んだ昨季にしても、年間順位こそ6位とどうにか面目は保ったが、優勝争いには縁遠いシーズンを送っている。

 広島からうかがえる「中心軸の揺らぎ」は、おそらく今に始まったことではない。事態は徐々に進行していたが、一昨季はFWドウグラス、昨季はFWピーター・ウタカが独力でゴールを量産した結果、それが大きく露見することはなかったのだろう。

 だが今季、長くチームを支えた佐藤が名古屋グランパスへの移籍を決断し、森粼浩は引退。森粼和にしても近年はコンディションが整わず、シーズンを通して活躍することが難しい状態にある。3度のJ1優勝を知る中心選手たちには、青山、千葉、水本と30代の選手が並ぶ。広島は確たる軸を定めたまま、うまく新陳代謝を図ることができなかった。そう言わざるをえない。

 広島から若い選手がまったく出てきていないわけではない。むしろ、年代別日本代表にも選ばれるような有望株が、過去も含めて少なくない。しかし、チームの中心となって1シーズンを戦えるような選手は、なかなか現れてはくれなかった。

 思えば昨季J1最終節、勝ち点3を上積みし、どうにか6位に滑り込んだ新潟戦後、佐藤や森粼和が奇しくも口をそろえて話していたのが、若手に対する「物足りなさ」だった。

 はたして今季開幕早々、広島は抱えていた不安要素が噴出してしまう。森保監督就任後では初めての4連敗。このまま泥沼から抜け出せないようなら、3度目となるJ2降格さえちらついてくる。

 一度は栄光に浴したからといって、広島に決して奢りは感じられない。森保監督にしても「高みを目指して理想は掲げるが、現実を忘れてはいけない」と語り、「まずは(J1残留の目安となる)勝ち点40をクリアしてから高みを目指す」と、過度なほどに謙虚な姿勢を崩さない。

 優勝もJ2降格も紙一重。J1という、ある意味で特殊なリーグゆえの難しさを、広島はまさに身をもって証明している。

 現在広島が立たされている苦境は、一時的な好不調によるものではなく、もっと根本的な問題によるところが大きい。それだけに抜け出すのは簡単なことではないだろう。

 だが、裏を返せば、これを乗り越えたとき、広島は真の常勝軍団へと一歩近づくのではないだろうか。

 歓喜のJ1制覇から2年。広島がクラブの将来を左右する、重要な分岐点に差し掛かっていることは間違いない。

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