映画『午後8時の訪問者』より
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 ベルギーのダルデンヌ兄弟といえばカンヌ国際映画祭で2度のパルムドールに輝く巨匠中の巨匠。市井の人々の葛藤から社会派のテーマを描く名人だが、最新作『午後8時の訪問者』は何と素人探偵が変死した少女の謎を追うミステリー仕立て。来日した兄弟が今作の新境地と創作の源泉を明かした。

 本作の主人公は、町の診療所で働く若い女医のジェニー(アデル・エネル)。ある晩、診療の終了後に鳴ったブザーを無視してしまい、翌日に警察からブザーを鳴らした少女が身元不明のまま死体で発見されたことを知らされる。少女は誰かに追われていたのか? なぜ彼女は診療所のブザーを鳴らしたのか? 責任を感じたジェニーは、少女の身元を突き止めようと独自に事件を調べ始める。

 「サスペンスもの、推理映画にしようと思っていたわけじゃない。命を守るはずの医師が、ある少女の死に責任を感じて彼女の名前を探る贖罪の物語として作ったんだ」と兄のジャン=ピエールは言う。「ただ、ずっと医者を主人公に使いたいと思っていた。主人公のジェニーは警察や探偵ではない。あくまでも医者として行動しているんだ。だから彼女が掴む手がかりは、相手の脈拍の変化だったり容疑者の心臓発作だったり、すべて体から発せられるものなんだよ」と弟のリュックが続ける。

 劇中でジェニーの背景はほとんど語られない。観客にわかるのは、彼女が一人暮らしで、大病院の誘いを受けながら貧しい人たちを診る小さな診療所で働いていて、たまに煙草を吸うくらいのこと。兄弟も「意図的にプライベートは描かなかった」と認める。2人は亡くなった少女の事件にのめり込んでいくジェニーの「罪の意識」を身近に感じてもらうために個人的な事情は必要ないと判断したという。そして少女の身元を追いかけていくと、次第にヨーロッパが抱えている移民問題の現実が浮かび上がってくる仕掛けだ。

 社会から虐げられたり、忘れられている人々に向ける目線や、誰かの死に対する贖罪はダルデンヌ兄弟の作品に一貫して現れるテーマ。「気がつけば同じ映画ばかり撮っている、ジレンマだよ」と笑うジャン=ピエール。「誰かの悲惨な死に立ち会った実体験があるわけじゃない。でもわたしたちは戦後すぐに生まれた世代で、第二次世界大戦のユダヤ人虐殺という負の遺産がすごく大きなものとして根付いているんだ」とリュックが解説する。

 リュックはさらに、第二次世界大戦中のベルギーやフランスがナチスのユダヤ人虐殺を阻止するために何もしなかったことを指摘。「無関心だったり自分の利益のためだったり憎しみのためだったり、理由は何であれヨーロッパのイギリス以外の国々は間接的に関わったんだ。その罪の意識はわたしたちの映画だけでなく同世代すべての芸術家の表現に現れていると思う」と世代論に発展。歴史の重みから学ぶ姿勢を失わない兄弟は「今回の映画も事件の真相の解明がポイントじゃない。サスペンスの先をたどっていくと、現代に生きるわれわれのモラルの問題に行きつくんだよ」と締めくくった。(取材・文:村山章)

映画『午後8時の訪問者』は4月8日より全国順次公開