大相撲春場所は新横綱・稀勢の里の「奇跡の逆転優勝」で幕を閉じた。大関・照ノ富士との優勝決定戦を制した直後の瞬間最高視聴率は33.3パーセントを記録した。国内の3分の1の世帯で大相撲中継が流れていたことになる。

 勝ちっ放しで迎えた13日目、稀勢の里は横綱・日馬富士に寄り倒された。先輩横綱のスピードに圧倒され、なす術もなかった。土俵下でうずくまった新横綱は、左腕を固定したまま救急車で病院に運ばれた。

 これがドラマの始まりだった。強行出場したものの、翌14日目は横綱・鶴竜にあっけなく寄り切られた。左肩から上腕にかけてのテーピングはあまりに痛々しく、「出場を続ければ力士生命にかかわる」と懸念を示す医療関係者もいた。

 照ノ富士と星ひとつの差で迎えた千秋楽。本割は負傷箇所をかばうように立ち合いで変化し、右からの突き落としを決めて並んだ。優勝決定戦では大関にもろ差しを許したが、土俵際での右小手投げで185キロを土俵下に叩きつけた。

 新横綱での優勝は22年前の貴乃花以来、史上8人目。その貴乃花は<横綱になり、本当に殻をひとつ破ったようです。風格というか、堂々としたものを感じました>(スポニチ3月27日付)と稀勢の里を評していた。

 稀勢の里の逆転優勝は、別の視点からも喜ばしい。左ヒザに爆弾を抱えながら13勝をあげた照ノ富士には何の恨みもないが、もし彼が優勝していれば、次の夏場所は「綱取り」という図式になっていた。

 これまで4横綱時代は今場所も含め、計74場所あった。だが、5横綱時代はまだ一度もない。「地位にふさわしい品格と抜群の力量」が要求され「神の依り代」とも見なされる横綱が5人もいる風景は、いかがなものか(4人でも多いくらいなのに……)。

 むしろ綱の権威を守るためには定員制にしてもいいくらいだ。前頭の次に横綱の数が多い今の番付表には違和感を覚えざるを得ない。

二宮 清純 (にのみや せいじゅん)

スポーツジャーナリスト。(株)スポーツコミュニケーションズ代表取締役。1960年、愛媛県生まれ。スポーツ紙や流通紙の記者を経てフリーのスポーツジャーナリストとして独立。オリンピック、サッカーW杯、メジャーリーグ、ボクシング世界戦など国内外で幅広い取材活動を展開中。「スポーツ名勝負物語」「勝者の思考法」「プロ野球“衝撃の昭和史”」「最強の広島カープ論」「広島カープ 最強のベストナイン」など著書多数。スポーツ情報サイト「SPORTS COMMUNICATIONS」:http://www.ninomiyasports.com/