元大関琴欧州、鳴戸部屋を開く

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■鳴戸部屋新設 イケメン力士として老若男女を問わずファンが多かった元大関琴欧州(鳴戸親方)が、1日に鳴戸部屋を新設した。佐渡ヶ嶽部屋から独立した形となった鳴戸親方は、序二段の1人と新弟子検査を受けた1人を引き連れる。さらに5月の夏場所に新弟子検査を受ける同郷のブルガリア人力士の1人を加えた、合計3人を迎える。まだまだ小さな部屋だがこれから大きな夢に向かって突き進んでいく。

 欧州出身としては初めての師匠となる鳴戸親方は「自分を超える弟子を育てる」という夢がある。自分を超える力士、すなわち横綱となれる力士の育成だ。新しい部屋は墨田区に構えられこれから厳しい稽古に励んでいくことだろう。

■鳴戸親方の軌跡 鳴戸親方がここまで来るのに決して楽な道ではなかっただろう。19歳という若さでブルガリアから日本に渡った際には、日本人力士には計り知れない様々な期待と不安があったはずだ。それでもとんとん拍子で幕内に上がりファンも徐々に増やしていった。ブルガリアにちなんで明治ブルガリアヨーグルトの化粧まわしを付けたこともファンを盛り上げてくれる要因となった。

 2005年には3場所連続で準優勝を果たし人気、実力とも申し分ない活躍をして大関に昇進した。しかし大関昇進後はなかなか思うように勝ち星を重ねることができなくなり、良くて10勝止まりという結果に終わることが多かった。怪我にも泣かされ、思うように身体を動かすことが出来なかったこともあっただろう。それでも真摯に相撲に取り組み続けた結果、2008年5月場所、朝青龍・白鵬という当時の両横綱を破って初優勝を果たしファンを沸かせた。

■外国人力士が部屋を新設するということ 相撲部屋を新設するというのは会社を設立するのとは訳が違い、条件が課せられる。年寄名跡を持っていることに加え、「横綱、もしくは大関であったこと」、「三役通算25場所以上」、「幕内通算60場所以上」のいずれかを満たされなければならない。さらにその上で師匠の了承を受けること、引退後1年以上経過していることが条件となる。年寄名跡の取得には日本国籍も必要で、鳴戸親方は引退直前の2014年1月に日本へ帰化している。

 相撲に限らず日本は島国ということもあり他国の者の介入を嫌うケースが多々ある。もしかしたら鳴戸親方に対してもそういった力が働いていたかもしれない。しかし鳴戸親方(琴欧州時代が主だが)を知っている人であれば二つ返事で部屋の開設について了承しただろう。それほど人物的に優れており、相撲に対してひたむきなのだ。

 最後に声を大にして言いたいのは、鳴戸親方は日本人以上に日本人の心を持っている。所作であり、立ち振る舞いであり、彼から日本の良さを学べる点は無数にある。一相撲ファンとして鳴戸部屋の新設は嬉しく、日本相撲協会だけでなく、日本人にとって明るいニュースとなるだろう。