Photo by Yoshihisa Wada

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科学、なかでも数学が一番好きな教科だった

 僕は読書が大好きで、毎週5〜6冊は読んでいる。僕の人生では、読書による学びがすべての肝になっている。

 本を読み始めたきっかけは、「なぜ?」をしつこいぐらいに繰り返す性格と、わかったときの腹落ちの爽快感にあった。実は、今もそれは変わらない。

 僕の故郷は、三重県美杉村(現・津市)の近くに数軒ほどの家しかない小さな集落である。育った伊賀も同様だった。「うさぎ追いしかの山 小鮒釣りしかの川」の小学校唱歌『ふるさと』そのものの田舎で、子どものころは、山でカブト虫を捕ったり松茸を採ったり、池で鮒釣りをする生活が続いていた。星空をのんびりと見ているのも大好きだった。

 あるとき、「星に比べると太陽はものすごく大きい。なのに、なぜ落ちてこないのだろう?」と思い両親に尋ねた。しかし父母は、僕の「なぜ?」が鬱陶しかったのだろう、『なぜだろう なぜかしら』という本を買ってきて与えてくれた。

 その本を読むと、引力と遠心力の説明があり、こう書かれていた。「近くにある石に縄を付けてぐるぐると回してごらん。石は落ちてこないでしょ。それが遠心力です」。自分でやってみると確かにそうだと腹落ちした。同時に、「本を読むといろいろなことが分かるのだ」と気がつき、それからは雨の日は本を読むようになった。小学校の低学年ごろの思い出だ。

 家に本はたくさんなかったので、学校の図書館にある本を順番に借りては読み耽った。田舎の学校なので小学校、中学校の図書館とはいえ蔵書数は限られており、中学校を卒業するころにはほとんどの本を読み終えていた。小学校の高学年のころには、講談社の『世界文学全集』全50巻の刊行が始まった。毎月1冊。1ヵ月をかけて何度も何度も読み直す。

 自然科学系の宇宙論や生物学も好きだが、歴史書も大好きだった。ギリシャやローマの英雄物語には没入した。なにしろ主人公、特にアレキサンダーなどが格好よかったからだ。

 ちなみに当時の僕は同世代のなかでは大柄の方で、けんかも絶えなかった。3発殴って勝ったとしても2発は反撃を喰らっている。なのにアレキサンダーの物語を読むと10年間も戦いを続けている。ここで「なぜ?」が出る。子どものけんかでも反撃を喰らうのに、戦争ともなれば何人も死ぬだろうし、戦い続けるには食糧も必要だろう。なのに「なぜ10年も戦争を続けられたのだろうか?」と。

 図書館でいろいろな本を探して読んでみると、マケドニアから援軍が来ていたこと、ペルシャ帝国には現代の通信路、高速道路の役割を担う王の道が完成していたことなどがわかり、腹に落ちた。これが気持ちが良く、癖になっていった。

 科学、なかでも数学は一番好きな教科だった。答がきちんと出て「数字」「ファクト」「ロジック」が明確だ。これが気持ち良かった。

 だから子どものころは、アメリカの“宇宙開発の父”と言われたフォン・ブラウン博士に憧れ、将来は大きなロケットを作って火星に行きたいと漠然と考えていた。

 この話をすると、「数学が好きだったというのは、後に生命保険に関わる仕事に就くのと関係がありそうですね」と言われるが、それはまったく関係がない。その辺の事情は後ほど述べよう。

 4歳年下の弟は、僕と同じ大学を出て弁護士になったが、彼はテレビが好きで、あまり本を読まない。やはり本読みは僕自身の性格、癖なのだろうと思っている。

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