カルーセル麻紀、性転換後に主演を務めたロマンポルノを振り返る

写真拡大

 日活ロマンポルノ『カルーセル麻紀 夜は私を濡らす』(1974)が初DVD化。牡丹の刺青を入れた、歌手を夢見るホステスのヒロイン・涼子役で主演を務め、劇中で美しい裸体と歌声を披露しているカルーセル麻紀さんが、コメンタリー収録に合わせて「これはもう実録モノよ」と、ダメ男との恋愛や芸能界の裏側まで赤裸々に語ってくれました。

◆衣装もメイクも自分で

――『夜は私を濡らす』が初ソフト化されるご感想は?

カルーセル:嬉しいですよ。戻りたいですよ、あのしわが1本もない顔のころに。いまはしわだらけだけどね(笑)。コメンタリーに参加したんですけど、ところどころしか覚えてないんですよね。

――キレイな衣装が何パターンも登場しますが、すべて自前だったとか。

カルーセル:そうよ。宝石とか小物も全部。当時、パリを行ったり来たりしていたから、パリで買ってきた洋服ね。エスカルゴっていう巻きスカートが流行ってて、それを着てたわね。最後のレコーディングのシーンで出てくる洋服だけ森英恵さんのもの。洋服のことはよく覚えてるわね。着てた洋服は太地喜和子にあげたりしてたわね。

――メイクもご自分ですか?

カルーセル:そうよ。あの特殊なメイクはメイクさんではできないわね(笑)。スカーフを頭に巻いてたのも自分でやってたのよ。

――刺青もキレイでしたが、キレイに見せるためのコツがあるとか。

カルーセル:本番前にクリームを塗って、それから熱いお湯をかけて叩くんです。白粉彫りっていって、そうやると掘りたてみたいに浮き出るんですよ。色がぶわ〜っと。だから脱ぐシーンの前にはやってましたね。写真集なんかのときも自分でしてましたよ。カメラマンはそういうことを知らないから。ただ、ものすごくカユイんですけどね。

◆修羅場も枕営業も実録!?

――コメンタリーで実録モノに近いとお話しが出ていました。ダメ男が登場しますけれど、麻紀さんの周りにもダメ男が?

カルーセル:私の周りにはだいたいヒモ男みたいなのが多かったですからね。金持ちとはほとんど付き合ったことがないので。修羅場が出てきたけど、あれこそ実録よね(笑)。

――涼子は彼女を見出してくれた先生にすがりついていましたが、麻紀さんはそういうタイプではなさそうです。

カルーセル:ないですねぇ。でも40すぎくらいのときにひとりいたわね、思い出の男が。長男だから、結婚するときはちゃんと教えてねって言ってたの。ちょうど付き合って1年の記念日にタヒチに行こうかってなったんだけど、そのとき、結婚が決まってるというのを知ったのよ。もう頭にきてね。タヒチで石を持って海に飛び込んでやったの。でも私、すごく泳げるんですよ(笑)。

 そのあと、その男は私に結婚式に出ろって言ったのよ。私の飲み仲間にも出ろって。もちろん誰も行かなかったわ。

――芸能界の裏側が描かれているのも見どころです。実際に枕営業みたいなことってあるんでしょうか?

カルーセル:当時はありましたよ。ベッドで、次のシーン作るからねって言われたり。東京ではあまりなかったけれど、太秦とかは縦社会だから、いじめがすごいんですよ。だから、プロデューサーにご飯連れて行ってってお願いして、酔っぱらってホテルから出てきたりすると、誰かに見られてたりして、それから文句を言われなくなったりね。そこは天然の女じゃないところかもね。一発ヤったら、誰も何も言わなくなりましたよ。身体張りましたよ。

◆いつかは監督業も?

――いろいろなご経験をされてきた麻紀さんですが、そんな麻紀さんでも本編のシャワーシーンでは驚かされたとか。

カルーセル:そうなの。そこだけはすごくしっかり覚えてるのよね。前張りをしてたんだけど、相手の男優さんが無理やりに舌で剥がそうとするのよ。こいつツワモノだなって思ったら、ロマンポルノで有名な男優さんなんですってね。私はそんなこと知らなかったから、すげーことするなと思って。そのシーンだけは鮮明に覚えてるわね。

――ロマンポルノへの出演に改めて感じることは。

カルーセル:いまのニューハーフはあんな映画撮れないわよね。日活も大したものよね、私を使って作ったっていうのは、すごいことだと思いますよ。いま考えるとね。私が裸になったからって、興行収入に結びつくかなんてわからないわけだから。それも一流の監督さんを使ってね。

――今度はぜひ麻紀さんが監督で。

カルーセル:そうね、いいわね。もともとダンサーだったし、他の人とは違った目線で女をキレイに撮れるかもね。ちゃんとしたスタッフさんについてもらわないと絶対にできないけど。監督なんてやると男に戻っちゃうかもね。こら、もっと出さんかーい! って(笑)。

<TEXT/望月ふみ>

『カルーセル麻紀 夜は私を濡らす』4月4日(火)DVDリリース
(C)1974 日活株式会社