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 名匠・黒澤明監督の27本目の作品『乱』。巨額の製作費のため、なかなか製作のメドがつかずにいたが、ジャック・ベッケル、ルイス・ブニュエルなどの作品を手掛けたフランスのプロデューサー・セルジュ・シルベルマンからの申し出によって日本ヘラルドが協力し、製作費26億円をかけて完成。黒澤明が「人類への遺産」と語る本作は、第58回米国アカデミー賞衣装デザイン賞(ワダ・エミ)をはじめ、国内外で数々の賞に輝いた傑作として、今なお多くのファンに愛され続けている。

 この度、リアルサウンド映画部では、『羅生門』でスクリプターとして参加して以来、黒澤明を支え続けた野上照代氏、ヘラルド・エースに所属していた井関惺氏にインタビューを行った。黒澤明監督の素顔から、製作の裏側まで、4Kデジタル修復版としてスクリーンに蘇る本作の魅力を語ってもらった。

■黒澤明の集中力が生み出すエネルギー

――“プロダクション・マネージャー”と言っても、その役割は様々です。当時、お二人はどんな仕事を?

野上照代(以下、野上):私は監督をなだめる役をしていただけよ。

井関惺(以下、井関):僕は当時務めていたヘラルド・エースの上司、原正人さんが製作を担うことになって、現場担当として『乱』に参加しました。でも、僕は何もやっていないです。夜な夜な黒澤監督の麻雀に付き合っていただけで(笑)。

野上:サージ(本作のプロデューサーを務めたセルジュ・シルベルマンの愛称)はこれまでもすばらしい作品を世に出している。フランスの映画を作ってきたサージは、資金のやりくりから、映画全体の方向性まで、その博識ぶりがすごかった。映画の作り方を改めて学ばせてもらいました。

井関:フランスの映画会社ゴーモンが資金の大半を出してくれることが決まっていたのですが、フランス政府からの制限措置などもあって、一度は中断してね。そこで、日本のヘラルド・エースが製作に参入することになり、僕も途中参加したわけです。野上さんはサージのやり方が勉強になったとおっしゃいましたが、サージもゼネラル・プロダクション・マネージャーとして参加していたウーリッヒ・ピカールも、野上さんにかなり助けられたと話していました。とにかく黒澤さんは頑固な人だから、プロデューサーの意見も跳ね除けてしまう。その間を野上さんが交通整理していた姿が印象に残っています。黒澤さんはシーンごとにこだわりにこだわり抜くから、どんどん予算がかかって……。

野上:予算と言えばこんなエピソードがあります。当時、『赤ひげ』の撮影中、『アラビアのロレンス』の主演スター、ピーター・オトゥールが撮影現場を見学に来て、『アラビアのロレンス』の撮影の話をしてくれました。それを聞いた黒澤さんが「デヴィッド・リーン監督すごいなあ! 俺だったら何十億ももらったら怖くて使えないよ」なんておっしゃるんですよ(笑)。

井関:その話をもっと早く聞きたかった(笑)。

――改めて本作を4K版で観直しましたが、こんな日本映画はこの先もう作れないかと思うほどのスケールの大きさです。

野上:『乱』と同じ予算を集めることはできても、そのお金を映画に昇華できる監督がいなければできないことです。どのシーンを観ても、画面全体がエネルギーに満ちあふれている。黒澤さんがなぜあれほどの予算を必要としたのか、完成した作品を観ると納得してしまう。

井関:当たり前なのかもしれないですが、黒澤さんは集中力がものすごかった。それは映画だけではなく、ありとあるゆることに集中力があるんです。だから、先程お話した麻雀でも、完全に没頭してしまう。麻雀をやっている間は、黒澤さんは映画のことも一切考えなくなるから、野上さんはじめ他のスタッフはその間は解放されて(笑)。翌日の撮影準備があるから他の皆は相手ができない、だから何もしていない僕がずっと相手役だった。

野上:だから、スタッフのみんなが、時間が欲しそうなときは食事のときに「昨日の麻雀はどうでした?」なんて聞いて、今日もやるようにけしかけて(笑)。麻雀というと、何かしら賭けたりするとは思うんですが、一切何も賭けることなくやっていました。なのに、麻雀をしているときの監督の顔を観ると、撮影現場と同じくらい真剣な顔をされていて。この集中力があるから、あれだけ熱量のあるカットを撮れるのだろうなと思ったものです。

――黒澤監督とプロデューサーの関係性は?

野上:基本的に、黒澤さんにとってプロデューサーは、自分を制約する“敵”でした。だから、間に立っている人が大変でした。サージは何やってもあまり喜ばれないでかわいそうだった。最後まで、きちんとした形で、監督からお礼の言葉を送ることができていなかったので、それは心残りですね。

――サージさんから内容に関しての注文はかなりあったんですか。

井関:最初のころは結構ありました。ただ、黒澤さんがすごく嫌がるのを、サージもある程度理解してきて、最後のほうは減りましたけど。

野上:でも、黒澤さんとサージが唯一心を通わせていた瞬間がありました。『乱』の中でもよく語られる、城の炎上シーンです。4億かけて作ったお城を燃やしてしまう最初で最後のカット。結果、撮影は大成功して。メイキング映像にも収録されていますが、ふたりともすごい笑顔でね。

■奇跡が噛み合った炎上シーン

――その時の現場の雰囲気は?

井関:黒澤さんは場数を踏んでるだけあって、慌てるようなことはほとんどありませんでした。「とにかく一番いけないのはパニックになること、騒ぐな、落ち着け」と黒澤さんはずっと言っていました。

野上:4億の城を燃やす。今考えたらよくやりましたよね。そして、あのシーンが成立したのは、なんと言っても一文字秀虎を演じた仲代達矢さん! 映画だけではなく、舞台を何十年も経験してきた実績からか、度胸の座り具合がすごかった。実際に燃えている城の中から、茫然自失の城主として演技をしながら22段もある階段を降りてくる。足元を見てしまったら台無しになってしまうわけです。一歩間違えれば事故になってしまう至難の演技だったと思います。

井関:仲代さんが城から外に出てくるまで撮影はワンカット。失敗していたらと思うと血の気が引きますね。

野上:スタッフ、仲代さんもすごいプレッシャーだったと思います。お城に火をかけて、カメラを回したら仲代さんが中々出てこない。何かあったんじゃないかと黒澤さんがカットをかける寸前だったんです。

井関:後で聞いたら、仲代さんは仲代さんで、目が慣れるまで待っていたと。でも、こっちはそんなことわからないですから。あと数秒、仲代さんが出てくるのが遅かったら黒澤さんが止めてしまい、あのシーンは幻のものになっていましたね。

――いろんな奇跡がかみ合ったと。

井関:本当にそう思います。そして、その映画の呼吸と奇跡を生み出したのは、やはり黒澤さんの集中力あってのものでしょう。

――炎上シーンをはじめ、スクリーンで観てこその映画だと思います。4K修復版となって蘇ることに関しては?

野上:画の鮮やかさもさることながら、音が本当に違います。三船敏郎さんの芝居に多いのですが、黒澤さんの映画は怒鳴るシーンが多い。でも、当時の技術では、そういった怒鳴るような台詞を、スクリーンで再現できなかったんです。どうしても音が割れてしまって、何を言っているのか聞き取りづらかった。それが、今回の修復版では非常にクリアに聞き取れるようになっている。これにはすでに観ている方も驚くと思いますよ。

井関:DVDで映画を観るのもいいですが、やはり大きなスクリーンで観ると感じるものがまったく違います。本作を観たことがある方も、初めて観るという方も、是非映画館で体験してほしいですね。(取材・文=石井達也)