[土持幸三の映像制作101]Vol.20 学校で映像を教えるということ

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txt:土持幸三 構成:編集部

映像授業の概要と流れを振り返る

このコラムのおかげで最近、川崎での小学校映像授業について、よく質問を受けるようになった。多い質問は、川崎市がやっているのか?授業を行っているのは公立の小学校なのか?教えている小学校の数は?授業数はどれくらい?編集は?など。コラムの最初から読んでいただければほとんど答えていると思うが、今回はもう一度、映像授業の概要と今までの流れを振り返って見ようと思う。

川崎市は「音楽のまち・かわさき」と「映像のまち・かわさき」を掲げている。なぜ「映像のまち」なのかと言うと川崎には日本初の映画大学があること、川崎駅前には大きなシネコンが複数あり、スクリーン数が多いことと、映画やドラマの撮影が頻繁に行われていることなどが理由としてあげられる。それらを生かして映像文化の振興や映像教育の推進をはかろうと、市役所と「映像のまち・かわさき」推進フォーラムという団体が協力して、僕が行っている映像授業を含め「毎日映画コンクール」など、様々なイベントや情報発信を行っている。確か、この活動はすでに9年目を迎えている。

川崎市との最初の接点は、映画監督の林海象さんと「探偵事務所5」シリーズを川崎市のJFE内のビルを撮影スタジオとして活用し、毎日のように撮影を行っていた時に川崎市の職員の方々が見学に来たことから始まったと記憶している。川崎市が「映像のまち・かわさき」を立ち上げ、その際、子供たちへの映像授業「シネリテラシー」と言う言葉を聞いて、その考え方に感嘆したのを覚えている。シネリテラシーとはオーストラリアで2001年に生まれた教育法で、小中学生に映像を読み解く力、また映像を企画・制作する過程でのコミュニケーション能力、問題解決能力をつけさせるのが目的だという。実際、映像をつくっていく過程では、企画、撮影、編集まで様々な人とコミュニケーションをとらないといけないし、自分に課せられた責任を全うし、プロジェクトの進行を助けていかなければならない。しかも、初めての体験なので試行錯誤が続く。

一番初めの脚本。タイプして印刷されている。内容はよくわからないことも多い

写真でお見せするのは「映像のまち・かわさき」事業の初期から参加しているK小学校の脚本だ。夏休みの宿題でそれぞれ考えてきたシノプシスから一つを選び、選ばれた児童、もしくは複数で脚本に仕上げていく。脚本の書き方は知らないので、脚本家の方が一日ではあるが授業をしていただく。もちろん、それだけでは脚本は仕上がらない。僕が映像授業の初日に演出・撮影など各役割の説明後、脚本の疑問点を上げていく。

毎週、授業の日の朝に手書きの脚本が渡されるようになる。試行錯誤されたものになっている

ここで気を付けているのは彼らのアイデアを生かすことで、あいまいな部分をクリアにしていくことに重点を置く。彼らに自ら再確認してもらわないと実際の撮影時に困るからだ。再確認しても、撮影が始まってはじめて監督・脚本担当の児童が脚本のさらなる不備に気付きだし、修正をかけていく。撮影を2日(4時間)ほどやったところで編集の時間を設け、撮影した素材を編集ソフト上でつなげて見せると、彼らの映像制作への理解は飛躍的に伸びる。カメラを不用意に触ると画面がブレる、台詞をきちんと言わないと聞き取れない、注意して音を聞いていないと雑音も多いなど、編集を見せた翌週からの撮影では彼らにプロ意識?が少し芽生えて、コミュニケーションが明らかに多くなって来る。脚本も香港映画のように毎週、アップデートされて新しくなった脚本が渡され、監督が変更点の説明をしてくれる。

演出が書かれているが、実際の撮影の時は上手くいかないことが多い

正直いうと彼らは無駄な準備もたくさんしている。だから、本当に彼らの熱意には頭が下がる。K小学校での映像授業は僕が編集を行うが、記録係が作成した記録ノートに従ってOKテイクだけを使い、効果音もあらかじめ渡しておいた効果音集から選んでもらっている。編集はもう終わって先生にDVDにして送ってある。来週発表会があるのだが、子供たちから修正の指示がこないかドキドキしている今日この頃である。