韓国で米国による「THAAD」(終末高高度ミサイル防衛システム)の配備が開始されたことを受けて、中国の“官製”韓国いじめがエスカレートし、大国としての矜持を全く感じさせない陰湿な嫌がらせが公然と行われている。中国からの訪韓観光客の制限や、THAAD配備の土地を提供したロッテに対する中国での圧力などが、わが国でも報道されている。

 しかし、本来、中国には韓国を非難する資格はないはずだ。

 そもそも米国が韓国にTHAADを配備したのは、度重なる北朝鮮の核実験や弾道ミサイル実験が招いた事態である。つまり、北朝鮮による軍事的脅威への対処として、米韓で合意されて配備が決まったのだ。

 中国に言わせれば、北朝鮮による挑発の責任は、北朝鮮に対し「戦略的忍耐」の名目で「不作為」という放置政策を継続してきた米国にあるということなのだろう。言い換えれば、米国が北朝鮮との直接対話に乗り出していれば、現在のような緊張がエスカレートした状況は未然に防げたはずだという思いが中国側にはあるのかもしれない。

 だが、北朝鮮を増長させた主犯は、やはり中国である。北朝鮮の度重なる挑発を招いた主因は、北朝鮮に対する経済制裁に対して「制裁の対象はあくまでも核やミサイルの開発阻止に絞られるべきであり、人民の生活を圧迫してはならない」と主張し、制裁の「骨抜き」を図って金正恩体制の北朝鮮を温存させようとしてきた中国にあるといっても過言ではない。

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中国はなぜ韓国に怒り心頭なのか

 中国にしてみれば、最悪のシナリオは北朝鮮の内部崩壊による難民の流入と、その後の韓国主導による朝鮮半島統一である。そうなれば、米韓同盟によって米国の軍事的影響力が中国の陸上国境に到達することになるからだ。

 そうした事態を未然に防ぐことが、中国にとっては北朝鮮の核やミサイルよりも重大な意味を持つことになる。すなわち、朝鮮戦争以来、中国は一貫して米国とのバッファ(緩衝)としての北朝鮮の存続を必要としているということになる。

 朝鮮半島では南北ともに「統一」を将来目標に掲げてきた。それに対する中国の立場は「統一は支持するが、統一後の朝鮮半島は政治的に中立であるべきだ」というもので、明らかに米国の影響力の拡大を牽制してきた経緯がある。

 中国では2012年11月に習近平政権が成立し、韓国では翌年の2013年2月に朴槿恵政権が誕生した。以来、両氏は誼(よしみ)を通じ、2013年と2014年の2年間に5回の首脳会談を行うなど蜜月関係を続け、2015年9月の中国・北京で行われた抗日戦争勝利70週年を記念する軍事パレードへの朴槿恵大統領の出席でピークを迎えた。朴槿恵大統領の中国への傾斜は、中国が韓国を米国から引き剥がそうとした成果であり、中国が望む朝鮮半島の中立化の進展でもあった。

 懸念を深めた米国はどう対応したかといえば、2015年10月、米国を訪問した朴槿恵大統領に対し、オバマ大統領が首脳会談後の記者会見で、南シナ海での中国の強引な人工島建設を念頭に、中国が国際規範に反する行動を取った際には「韓国が米国と同じ声を上げることを期待する」と発言することで、対中関係での米韓の連携強化を求めた。

 しかし、2016年1月の北朝鮮による核実験で状況は一変した。韓国国内では「我が国も核を持つべきだ」という勇ましい議論が起き、それを懸念した米国は、北朝鮮のミサイル脅威に対抗するためのTHAAD配備を韓国政府に強く求めた。その結果、同年7月に韓国へのTHAAD配備が米韓で合意されたのである。

 こうした韓国の決定は、中国から見れば「裏切り」に見えたのだろう。あれほど習近平主席に愛想を振りまいていた朴槿恵大統領は、北朝鮮の脅威に直面し、最期になって「頼るべきは米国」ということで、中国が強硬に反対してきたTHAAD配備を受け入れた。結局のところ韓国にとって中国は安全保障の面で頼りにならないと韓国が判断したことになる。

 執拗な「韓国いじめ」に狂奔する中国の心理を読み解けば、THAAD配備もさることながら、中国の要請に従おうとしない韓国への怒りがあるのだろう。

THAAD配備は韓国の「核武装論」を抑えるため?

 そもそも、なぜ中国は韓国へのTHAAD配備にそれほど激しく反応するのだろうか。

 韓国の核武装が中国にとって何よりも受け入れがたいものであるとすれば、それよりもTHAAD配備のほうが、中国にとってはまだ「まし」な選択であったはずだ。しかし、そうはならなかった。

 なぜかといえば、米国は韓国の「核保有」を容認するはずがないからである。韓国の核保有は日本に連鎖し、台湾にも連鎖するかもしれない。だから米国は韓国の「核保有」はなんとしても阻止しなければならない。

 それを踏まえると、中国にしてみれば、どれだけ「韓国の『核武装論』を抑えるため」という名目を掲げられたところで、米国による韓国へのTHAAD配備には疑念を持たざるを得なくなる。THAADがあってもなくても韓国の核武装はありえないからだ。

 韓国には局地ミサイル防衛用のパトリオットPAC-3がすでに配備済みであり、中国としては、THAADの追加配備には別の意図が込められていると見ている。

 すなわち、北朝鮮の核・ミサイルの脅威に対抗するためと言いつつ、中国東北部を中心に、中国の弾道ミサイル戦力への監視能力を高めようとしているのではないか、という懸念である。

「Xバンド・レーダー」への中国の懸念

 もちろん米国も韓国も、THAAD配備による運用が中国の国防・安全保障にマイナスになる要素がないことを縷々説明したはずである。しかし、中国はその説明を受け入れなかった。

 3月に開催された中国の全国人民代表大会(日本の「国会」に相当)で、恒例の外相記者会見に臨んだ王毅外交部長は、「現在中韓関係に影響を与えている最大の問題は、米韓が論争に満ちたミサイル防衛システム『THAAD』の韓国配備を進めていることだ。我々は当初から断固として反対している。THAADの監視・早期警戒範囲は朝鮮半島をはるかに超えており、中国の戦略的安全を損なう企てはすでに誰の目にも明らかだからだ」と主張した。

 ここで明らかなのは、中国が懸念を持っているのがTHAAD配備に付随する「Xバンド・レーダー」であるということだ。

 Xバンド・レーダー、正式には「AN/TPY-2」と呼ばれるレーダーの探知性能は軍事機密であり、明らかにはされていない(探知能力には諸説あり、控えめな表現で1000キロメートル以上とされ、3000キロメートル以上あるとする説もある)。

 北朝鮮から発射される中距離ミサイルを迎撃するための「終末段階(terminal phase)モード」での探知範囲は半径600キロメートルとされる。一方、「前進配備(forward-based)モード」で運用すると、仮に探知範囲が3000キロメートルであるとすれば5倍以上に広がることになる。すなわち、極東ロシア、モンゴルの一部を含め、中国東北部のみならず内蒙古、山西省、北京市、河北省、山東省まで及ぶ広い範囲がカバーされることになる。

 しかも、韓国に配備されるのと同じAN/TPY-2レーダーが、すでに日本に2基設置され運用されている。青森県の車力駐屯地と京都府の日本海に面した経ヶ岬である。都合3基のレーダーが三角形を作って運用されることになるのだ。

 人民解放軍が中国東北部から発射させた弾道ミサイルは、発射段階から補足され、3基のレーダーが連動(データリンク)することによって飛行経路がより正確に割り出される。その結果、中距離ミサイルをミッドコース段階で迎撃するイージス艦配備のSM-3ブロック2Aによって、高い命中精度で迎撃されることとなる。

 つまり韓国へのTHAAD配備は、日米韓によるミサイル防衛網を強化させ、北朝鮮のみならず中国が日本や米国に向けて発射した弾道ミサイルの探知力向上にもつながる。結果として、中国のミサイルによる「報復能力(second-strike capability)」が毀損されることになりかねない。中国が神経質になるのも理解できる。

中国はどんな対抗策をとるのか

 では中国はどうするつもりなのか。

 手っ取り早い方法はミサイル戦力の増強である。さらには、空母キラーとされる「東風21D」のように、落下するミサイル弾頭に機動性を持たせ、迎撃ミサイルを回避できるようにするか、あるいは、AN/TPY-2レーダーが同時に対処できる目標は最大で60とされているから、それを超えるミサイルの一斉発射で飽和攻撃を目指すことであろう。

 場合によっては、北米大陸を狙う大陸間弾道ミサイル(ICBM)を、レーダー探知の及ばない中国西部に全て移動させる必要もあるかもしれない。

 ミサイル防衛への対策として、戦略核ミサイルなら多弾頭(MIRV)化が有効である。だが、日本をターゲットとする中距離ミサイルは西部に移動させることもできないし、弾頭のMIRV化も現実的な選択ではないだろう。

 いずれにしても、韓国へのTHAAD配備が中国のミサイル戦略に深刻な影響を与えることになるとすれば、北朝鮮の内部崩壊を恐れて、制裁を実効性のないものに仕向けてきた中国の自業自得といえるだろう。

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筆者:阿部 純一