金融市場はその時その時の「注目銘柄」をカテゴライズして、「通り名」を付けるのが大好きだ。積極的な外資導入で高成長を謳歌(おうか)したアイルランドはかつて、「ケルトの虎」と称賛された。しかし2008年の世界的な金融危機をきっかけに、不動産バブルに沸いていた同国は銀行危機に陥った。国際通貨基金(IMF)や欧州連合(EU)、ユーロ圏などから金融支援を仰いだかつての「虎」は、不本意ながらも経済的に脆弱な南欧の債務危機国と十把一からげにされ、「PIIGS(ピッグス=ポルトガル、イタリア、アイルランド、ギリシャ、スペイン)」という不名誉なグループに名を連ねた。

激しい浮き沈みを経た現在、アイルランド経済は再び5.2%成長(16年)と、力強い回復を遂げた。虎の復活かと思いきや、今度は英国のEU離脱問題が浮上。英国との経済関係が深いアイルランドは、EU加盟国の中でも英離脱の影響がとりわけ大きいと目される。さらに北アイルランド問題という「火薬庫」も抱えており、複雑な連立方程式への解答を迫られている。

増える日本企業の問い合わせ

一見、アイルランドは英EU離脱で、最も恩恵を受けそうだ。長きにわたった独立闘争を経て、アイルランドが英国から独立したのは1937年。英国と類似した法制度を有し、ユーロ圏で英語を母語とする唯一の国となっている。経済は外資に対して非常に開放的で、法人税率も12.5%の低水準。米アップル、スイス・ノバルティス、ドイツ銀行といった、情報通信技術(ICT)や製薬、金融のビッグネームが軒並みアイルランドに拠点を構える。同じく開放性を売りとする英国がEU外に去り、しかも欧州単一市場にもとどまらないとなれば、同国に取って代わるEUへのゲートウエー(玄関口)として、アイルランドは間違いなく有力候補だろう。

実際、アイルランド政府産業開発庁の日本代表を務めるデレク・フィッツジェラルド氏は、16年6月の英国民投票で想定外だった離脱が決まった後、日本企業のアイルランドへの関心が著しく高まったと明かした。特に顕著なのは、国際金融市場ロンドン・シティーに拠点を置く金融部門からの引き合いの増加という。「日本の金融関係者はロンドンに満足しており、問い合わせはほとんどなく、こちらから営業に赴いていた」とはフィッツジェラルド氏。しかし国民投票後は、「東京でも、ロンドンからも、ものすごく問い合わせが増えた」と、頬を緩めた。

在英の金融機関はこれまで、いわゆる「パスポート制度」の下、EU全域で商品販売など事業活動が可能だった。ところが、メイ英政権は欧州単一市場、さらには欧州司法裁判所の司法権からの離脱を目指す「ハード・ブレグジット」の方針を明示しており、パスポートの維持はほぼ不可能な情勢となった。EU他国でパスポートを改めて取得するにしても、「1年半程度かかる」(フィッツジェラルド氏)とみられ、金融各社は「移転のシナリオを実際に検討している」(同氏)段階にある。

【参考記事】メイ英首相が選んだ「EU単一市場」脱退──ハードブレグジットといういばらの道

一筋縄ではいかぬ英国との関係

アイルランドと英国は経済的にも歴史的にも、深く複雑な関係にある。それ故に、アイルランドにとって、EU離脱の英国から脱出する国際企業の受け皿となることを手放しで喜ぶわけにはいかないようだ。

高岡秀一郎(時事通信社外経部記者)※時事通信社発行の電子書籍「e-World Premium」より転載