勝利はおろか、試合を終えられるのかすら疑わしい窮状から、それこそ”どんでん返し”のスイッチが入ったかのように、突如として試合の流れも、スタジアムを覆う空気までもが入れ替わった――。


相性のいいマイアミで4年連続ベスト8進出を果たした錦織圭 マイアミ・オープン4回戦の対フェデリコ・デルボニス(アルゼンチン)戦。

 第2セット終盤に左ひざに痛みを覚え、治療を受けながら挑んだ第3セット最初のゲームで、錦織圭はいきなり4本のダブルフォールトを犯した。それでもこのゲームは必死にしのぐも、第3ゲームではストロークでミスを重ね、ついに致命的とも思えるブレークを許す。顔をしかめ、うなだれる錦織の姿に、客席からも同情と失意の混じる重い溜め息がもれた。

 勝敗はすでに決した……。そんな空気がコート上に立ち込めるなか、かすかに見えた変化の兆しは、リードする者が犯したいくつかのミスショットである。ブレーク直後の最初のポイントで、フォアをネットにかけるデルボニス。

 続く打ち合いでは、錦織がミスをしないと誓ったかのように相手ショットに食らいつき、長いラリー戦の末に最後は相手のミスを誘った。続くポイントでは、ネットをかすめた錦織のショットが相手コートに落ちる運も味方する。最後も、デルボニスの迷いのショットがネットを超えず、大方の予想に反し錦織が即座にブレークバック。

「自分のテニスがよくなったのもありますが、どちらかというと相手がミスをしてくれた」

 試合後、錦織は安堵の表情を見せた。

「ケガをしていても、圭は最後までタフに戦ってくると思っていた。彼のケガに気をとめなかったし、棄権するとはまったく思っていなかった」

 挑戦者の側に身を置く57位は、世界4位の状況やパフォーマンスには意識を向けなかったと言う。だが、ファイナルセットで先にブレークしたことで、勝利が頭をよぎったのは間違いない。

「自分が勝ちを意識し始めたのと同時に、圭のプレーがよくなった。そのふたつが重なり、プレッシャーを感じ始めてしまった」

 ブレーク直後に追いつかれた落胆と、仕留めたと思った上位選手が息を吹き返したことによる重圧が、無欲だった挑戦者の手もとを狂わせる。

「ブレークした後のゲームから、圭はステップインし、プレーの質を上げてきた」

 敗者はどこか納得したかのように、試合の分岐点を省みた。

「彼(デルボニス)のプレーも、1歩下がったスタンスになっていた。ここで畳みかけないと……という思いは、特に(ゲームカウント)2-2になってからありました」

 デルボニスが感じたように、確かに錦織はこの場面で集中力を引き上げていた。相手がミスを重ねたのは、長い試合のなかで、何もこのゲームだけではなかったはずだ。

 だが錦織は、ここを「畳みかける」機だと見極める。続くサービスゲームでは、ポジションを高く保ち、小刻みなステップでボールの背後に入りこむと、体重を乗せた重いボールを打ち込んでいく。ラブゲームでキープに成功すると、続くゲームは15-0からフォアを軽く振り抜き、前に出てくる相手の足もとにボールを沈めた。

 後ろで打ち合っても、前に出てもポイントの獲れない挑戦者は、徐々に手もとのカードを失っていく。直後に犯したダブルフォールトは、スコア上はまだ五分ながら、切迫する焦りが具現化したものだろう。このゲームもブレークした錦織は、続くゲームではストロークで押し込み、フォアのウイナーを、そして最後は相手の逆を突く鋭いボレーを決めて、またもラブゲームでキープ。怒濤の攻めで4ゲーム奪取したこの間、錦織は相手にわずか3ポイントしか与えなかった。

「試合をやっていると、そういう流れがやってくるときもある」

 勝者は2時間14分の逆転劇を、淡々と振り返る。試合中に治療を受けた左足については、「疲れてくるとたまに出る。しっかり治療すれば大丈夫だと思います」と多くは語らなかったが、試合終盤の動きを見るかぎり、ここは本人の言葉をそのまま受け止めていいだろう。

 この2試合、アンフォーストエラー(自ら犯したミス)が多いのは気掛かりな点だが、それに関して錦織は「前の試合はもったいないミスが多かったが、今日は自分から打ったミスだったので、そんなに気にならない」と言う。彼が悔いるのは「集中していなかったり、選択肢を間違ったため」のエラー。そこを制御できれば、誰が相手だろうと打ち勝つ力があるのは、今日の終盤の戦いが証明していた。

 マスターズのベスト8進出は、インディアンウェルズに続き2大会連続。「ベスト8は、もうそんなにうれしくない」との所感はインディアンウェルズ時と一緒だが、前回は準々決勝で「いい負け方ではない」敗戦を喫した悔いがある。

「ベスト8は、本当に何も思わなくなっている。さらに決勝に行けるよう、より気合いを入れて……」

 試合終盤に反転させたよき流れを、次のファビオ・フォニーニ(イタリア)戦へと持ち込むことを胸に期す。

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