北朝鮮の保安署(警察署)から、容疑者が逃走する事件が発生した。当局は緊急配備を敷き、容疑者の身柄確保に全力を尽くしているが、容疑者に同情的な市民は保安署をあざ笑っているという。

平安南道(ピョンアンナムド)のデイリーNK内部情報筋によると、事件が起きたのは今月16日、平城市の保安署(警察署)でのことだ。容疑者の40代の男は経済犯罪に関わったとして、保安署に勾留され1ヶ月にわたり取り調べを受けていた。

問題が起きたのは予審の過程でのことだ。北朝鮮の刑事訴訟法では、捜査員が容疑者の逮捕、捜査、取り調べを行った後、予審員が調書を作成し、検察に起訴する流れとなっているのだが、この予審員は容疑者に対して毎日のように暴言を吐いていた。

容疑者は「毎日メシが食えることだけでも幸せだと思え」「お前みたいに猫をかぶっているやつは一度死んだほうがいい」などと暴言を吐かれ、人間以下の扱いをされたことを腹に据えかねていた。そして、16日の予審の場で予審員を激しく暴行し、留置場から逃走した。逃走経路はつかめていないという。

予審員は重傷を負って市内の病院に入院している。容疑者に怪我をさせられた上に、逃げられるという大失態を犯したため、除隊、つまりクビにすることが検討されているとのことだ。

当局は、この保安署の管轄区域のみならず、市域全体で緊急配備を敷き、容疑者を逮捕しようと血眼になっている。

また、容疑者が脱北する可能性もあるとして、国境地域の保安署に手配書を配布した。現在、夜間の警戒態勢が強化されている。夕方から明け方まで巡察隊と機動打撃隊がパトロールを繰り返しており、通りかかる住民の顔に懐中電灯の光を当てて職務質問を行っている。

平安南道保安局は、暴動鎮圧部隊である機動打撃隊を出動させ、宿泊検閲(個人宅に許可を得ていない他人が宿泊していないかの立入検査)を強化している。

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さらに当局は、平壌と国境に面した恵山(ヘサン)を結ぶ列車にも、監視人員を増派している。

地域住民は、逃走した容疑者に同情的で、「どれほど怒らせたら予審員を死ぬほど殴ったのだろうか」などとして、保安員の失態を笑っている。多くの人が「捕まらなければいいのに」と思っているという。

北朝鮮で行政の幹部を務めたある脱北者は「容疑者が、取り調べの過程で物理的な暴力を振るわれていないにもかかわらず脱走したことは、言葉の暴力に対しても抵抗していると見るべき」と述べた。つまり、北朝鮮の人々の権利意識が変わりつつあることの兆しの一つだということだ。