金曜の朝――。2017年初の公式セッションの開始を前に、マクラーレン・ホンダのピットガレージには全スタッフが集まり、エグゼグティブディレクターのザック・ブラウン、レーシングディレクターのエリック・ブリエ、長谷川祐介F1総責任者という3首脳が中心となって「朝礼」が行なわれた。


マクラーレン・ホンダの現状について冷静に語るアロンソ「世間ではいろいろと騒がれているが、我々のパートナーはホンダだ。我々はチーム一丸となってがんばっていく」

 ブリエがスタッフたちに向かってそう宣言し、バルセロナ合同テスト直後から続いていた混乱に動揺が広がりつつあったチーム内に改めて団結を求めた。メルボルン入りしてからマクラーレン側とホンダ側との間では幾度にもわたって話し合いが行なわれ、一時は提携解消という不穏な動きさえ見え隠れした両社の関係は修復に向かった。

 最下位争いさえ覚悟して臨んだ開幕戦だったが、フェルナンド・アロンソは予選で13位というポジションにMCL32を運んでみせた。長谷川総責任者は語る。

「マシンパッケージとドライバーの力を出し切れたという意味ではよかったと思います。でも、他チームの何人かの新人ドライバーが苦戦していたこともあってあそこまで行けたということもありますし、クルマのポテンシャルを考えると、よくうまくあそこまで行けたなというのが正直なところです」

 実質的にはザウバーをわずかに上回る程度。それが、現状のマクラーレン・ホンダの実力だった。

 最大の理由はやはり、パワー不足だ。

「ストレートが8〜9km/hくらい負けていましたから、この差というのは結構厳しい。それはやはり、パワー差の影響が大きいですね……。もちろんクルマも、アンダーだオーバーだという話もしていますし、セットアップがまだ決まり切っていないところもありますけど、全体のなかで一番大きかったのは、ストレートスピードが遅かったというところです」

 開幕前テストで問題視されたドライバビリティの問題は、燃焼のセッティングを煮詰めることでかなり改善された。ハードウェア面でも手を加えた最新スペックを、開幕戦仕様の「スペック1」として持ち込んできた。しかし、パワーの大幅向上は1日や2日でできるものではない。

「マッピングの熟成(による燃焼の最適化)はベンチで相当やってきましたから、その部分はかなりよくなっています。しかし、出力という意味では我々の目標に達していませんし、パワーの向上にはICE(内燃機関エンジン)そのものの改良が必要ですから、今すぐにというわけにはいきません。それが最大の課題であると認識しています」(長谷川)

 車体面でも、コーナリング時の不安定でバタバタとした落ち着かない挙動が目についた。

「開幕空力パッケージ」と称して持ち込まれたのはわずかに3つの小さなパーツのみで、それも最大の効果を発揮すると思われるバージボード(※)前端のアーム型ステーは1セットしか間に合わず、アロンソ車だけに装着された。しかし、MCL32が抱える問題を根本的に解決するようなアイテムとは到底思えなかった。

※バージボード=ノーズの横やコクピットの横に取り付けられたエアロパーツ。

 チームのあるエンジニアは症状をこう語る。

「マシンの傾向としては、依然としてアンダーステア。タイヤを温められないのが、その原因になっている。温まってきたと思ったら、今度は(タイヤ表面だけが)オーバーヒートしてリアが不安定になってしまう」

 最新の情報では、エンジン全開率と空気抵抗が大きくなった2017年のマシンでは、パワーがラップタイムに与える影響は0.2秒/10kW(約13.4馬力)だという。仮にホンダのパワーユニットがメルセデスAMGより100馬力劣っていたとしても(現実にはそこまでの差はないが)、ラップタイムは1.49秒差にしかならない。Q2での首位バルテリ・ボッタスとの差2.2秒は、車体とパワーユニットの双方の性能が同じように劣っているせいで生み出されたものだということがわかる。

 それ以外にも、MCL32は多くの問題を抱えていた。

 シフトアップ時に、激しい金属音とともに引っかかりが生じる問題。そのたびに、ドライバーには思いっきり身体を打ちつけるような大きな衝撃が加わっていた。

 予選では、ストフェル・バンドーンの燃料ラインに空気が混入し、燃圧が下がる問題。一方、アロンソ車は中古のウルトラソフトでは最終コーナーを全開で走れず、全開付近で細かなスロットル操作をすることでターボ過給の異常な上昇を防ぐためにウェイストゲートバルブが開き、ラップの最後にはパワーを失っていた。

 決勝では、グリッドに就いたバンドーンのマシンに接続したコンピュータがデータを表示しないという問題で慌てたかと思えば、スタート早々にステアリング上の画面表示が「アウトラップ」のまま固まってしまい、リセットをかける際に間違った指示を出して別の機能をリセットさせてしまうという場面もあった。最終的には、電子制御系がエラー警告を発して自動的にMGU-H(※)からの発電をストップさせるという状況に陥り、ピットに戻ってマシン全体の電源を再起動しなければならなくなった。

※MGU-H=Motor Generator Unit-Heatの略。排気ガスから熱エネルギーを回生する装置。

 しかしながら、アロンソは後方にフォースインディアのエステバン・オコンとルノーのニコ・ヒュルケンベルグを1秒差で従え、50周もの距離を走り続けた。ストレートが遅いはずのMCL32を巧みに操り、メルセデスAMG製パワーユニットを積むフォースインディアを抑え続けたのだ。


アロンソの神業的なドライビングで一時は入賞圏内に迫るも...... 長谷川総責任者も、神業的ドライビングだったと感嘆した。

「オコンに抜かれないようにしながらも、彼を1秒差以内にキープしてDRS(※)を使わせることで、逆にオコンがその後ろのヒュルケンベルグに抜かれないようにしていたんです。(タイヤのフレッシュな)ヒュルケンベルグが前に来てしまうと厳しいですから。それも燃費セーブをしながらですから、本当に神業的なドライビングですよね」

※DRS=Drag Reduction Systemの略。ドラッグ削減システム/ダウンフォース抑制システム。

 しかし、それも最後はサスペンションの破損で終わりを迎えた。

 実はマクラーレンはMCL32に大幅な軽量化を施しており、車重は最低重量728kgを大幅に下回っている。その分だけバラスト(重り)の搭載によってマシンバランスと重心を最適化でき、それ自体はいいことなのだが、MCL32の場合は組み上げて実際に車重を測ってみると想定以上に軽く、バラストが足りなくなるのではないかと懸念するほどだったという。

 こうした過度な軽量化が、このサスペンション破損に限らず、開幕前テストから頻発してきたハーネスのコネクタ不良やカーボンパイプのクラックなどといった問題を引き起こしているのではないか、という見方もある。

 いずれにしても、ドライバーたちはMCL32の問題に苦しみながらも、現状のポテンシャルを最大限に引き出してみせた。言い換えれば、マシンのポテンシャルを上げていくこと以外に前に進む方法はない。

 レースを終えたアロンソは、苛立ちを爆発させるでもなく、パワーユニットだけを責め立てることもなく、ただ淡々と語った。

「僕はとてもいい形で身体の準備を整えることができたし、最高の状態でシーズンに臨んでいる。自分のキャリアでも最高のドライビングができていると感じているけど、それで1ポイントを争っているんだからね。とてもガッカリしているよ。もちろん僕自身は、勝つ準備ができているよ。でも、僕らはチームとしてその準備ができていない。そのことが残念だね。あとはチームの問題だよ」

 ピットストップでの2周遅れが響いて完走13台中13位でフィニッシュしたバンドーンも、チーム全体の団結と開発のプッシュを切望した。

「トータルパッケージとして、僕らは明らかに前の集団と戦うペースではない。まだまだ彼らとの差は大きいから、開発をプッシュする必要がある。毎レースのようにアップデートをして、一歩ずつ前に進んでいく必要がある。次の中国GPでもクルマに新しいパーツが投入されて、ペースがよくなり、またさらに前進できることを願っているよ」

 現実を突きつけられ、車体もパワーユニットもお互いを責めるのではなく、むしろ互いに協力してプッシュし合ってこの苦境を脱していかなければならない。

 出力の向上はICEのさらなる開発が必要とされるだけに、すぐに出来上がるようなものではない。長谷川総責任者も、この現状に忸怩(じくじ)たる思いを抱えている。

「開発者としては開発の方向性は定まっているので、粛々(しゅくしゅく)とそれを進めていくしかありません。しかし、このスポーツを戦っている身として、それだからいいでしょとは思えない。やっぱり(負けて悔しい、勝ちたいという)感情的なものを抜きにしては語れないので、こんなんじゃ話にならないよっていう気持ちのほうがはるかに大きいです」

 ただ、今の自分たちに必要なのは、保身でもなく政治抗争でもなく、結果で示すことだけだ。

「チームがどうとか、悪者にされているとかなんて関係なくて、自分たちが一番悔しいし、自分たちが足りていないことは一番よくわかっています。逆に、この状況でよくこれだけ(一体となって戦うパートナーとして)サポートしてくれるなと思います。ですから、あとは我々が結果で応えるだけだと思っています」

 自分たちが進むべき道は、マクラーレンとホンダがともに全力で改善に取り組むこと。それを、マクラーレンの側もホンダの側も、双方が改めて認識した。

 現実を改めて突きつけられ、受け容れ、そのことをチーム全体として理解し、改めて結束を深めた。そんな2017年の開幕戦オーストラリアGPだった。

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