口上の写真撮影を行った高麗屋親子三代

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 来年1月に二代目松本白鸚、十代目松本幸四郎、八代目市川染五郎をそれぞれ襲名する松本幸四郎、市川染五郎、松本金太郎の高麗屋親子三代が3月29日、口上の写真撮影を歌舞伎座で行った。

 昨年12月に三代での襲名が発表されてから、新たな名跡として初の活動。しかも、口上の写真を歌舞伎座で撮影するのは初の試みで、幸四郎は「本当にうれしゅうございます。別れの年ではありますが、1日1日、ひと役ひと役に魂を込めて、感謝の気持ちを持って努めております」と感慨深げに話した。

 撮影は篠山紀信氏で、幸四郎が染五郎だった時代にライオンの整髪料「バイタリス」の広告を撮影して以来の縁。その後、ミュージカル「ラ・マンチャの男」の初演のポスター、結婚式、金太郎の初舞台など高麗屋の節目を切り取ってきたが、「バイタリスの時はジーパンをはいて馬に乗ってギターを持っていた。それから長いこと撮ってこられて光栄。歌舞伎座の舞台に立つのも初めてだし、この3人の中にいられるのは感動した」としみじみ語った。

 親子三代での同時襲名は幸四郎、染五郎がそれぞれ襲名した1981年以来、37年ぶり。襲名披露興行は来年1、2月の歌舞伎座からスタートすらが、染五郎は「名前は変わっても、歌舞伎役者であり続けることは変わらない。これまでいろんな人と出会い、教わったことは自分の中に生きている。それを披露するのが襲名の役目だと思う」と決意を新たにした。

 金太郎も、「会見の時はあまり分からなかったけれど、少し実感が沸いてきました」と初々しい表情。歌舞伎ファンの間では美少年と言われていることに対しては言葉に窮し、染五郎が吹き出しながら、「そう言ってもらえて、気分は悪くないよね」と助け船を出した。

 幸四郎も、「この無音の状態は不気味だった。息子は小さい頃から歌舞伎も踊りも大好きだったけれど、孫は知的に冷静に見ている。我々の世代とは違うし、これが将来プラスに働いてくれればいい」と優しいまな差し。篠山氏は、「金太郎くんに子どもができたら、四代で撮りたいね」と期待していた。