世界的企業は今、なぜ「デザインx経営」なのか?

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『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』の著者・佐宗邦威が、これからの経営に必要な新たな動きを3社への取材を通して読み解く。

「デザイン×経営」という新しいフェーズへの地殻変動が起きています。この変化は「デジタル・エコノミー」に対応するため、大企業が組織のカタチや働き方を根本的につくりなおそうとしている動きの一環と言えます。さらに、私がテーマとして掲げている「デザイン、ビジネス、エンジニアリングの全てを統合した組織改革(=Organization Change)」の流れとも言えるでしょう。

私はお茶の老舗企業のリブランディングから宇宙関連企業の組織開発まで幅広くデザインコンサルティングプロジェクトに携わっています。現在、従来の新規事業部門や企画部門、デザイン部門からの製品・サービスに関するプロジェクトに加え、経営者もしくは経営企画部門によるビジョンデザイン、イノベーション戦略デザイン、組織デザインといった、”デザイン×経営”とも呼べる新しいタイプの依頼が急増してきています。

そもそも、デザインと経営というテーマは、新しいものではありません。1990〜2000年代前半にかけては、「ブランド作り」のために経営者がデザイナーと直接働くことが求められた時代がありました(狭義のデザイン)。00年代後半に入ると、デザインの定義が広義に捉えられ、イノベーションを生み出す方法として広がっていきました。その代表的な事例が、デザイン思考で知られるデザインコンサルティングファームのIDEOなどの存在です。

しかし、現在、起きている変化は、これまでとはまったく「質が違う」と考えます。デザインを「組織全体の文化を変え、経営戦略として変革を起こすための武器」として活用するという動きだからです。デザイン思考が「プロセス」を生む手段から、「戦略」を実現する組織戦略のOS(基本ソフト)へと進化したと言えるでしょう。

こうした背景には、ネットワーク型のデジタル・エコノミーにおける次の4つの法則を踏まえる必要があるでしょう。(1)予測不可能性(初期条件の少しの違いが大きな差を生み、変化の幅が大きくなるため事前予測が不可能である)、(2)ハブや第一人者の総取り(ネットワークが分散すればするほど情報やリソースは偏在し、ハブにはあらゆるリソースが集まってくる)、(3)ネットワーク外部性(参加者が増えれば増えるほど価値が増大する)、(4)活性化した場に集う(活性化された試行回数が多いネットワークにはさらにリソースが集う)─。

世界的企業に学ぶ3つの方法論

デジタル・エコノミー時代に対応した組織文化変革の象徴とも言えるのが、米IBMです。12年にCEOに就任したバージニア・ロメッティにより、1000人以上のデザイナーを世界中で採用し、23拠点のデザインスタジオを設けました。伝統的なITベンダーのIBMがいまや世界最大のデザイン会社になったのです。

「デザイナーはレスポンシブでアジャイル(俊敏な)がDNAです。よって、デザイナーが重要な地位を担うことで、企業はよりアジャイルになり、ユーザーにフォーカスするようになります」

米IBM史上はじめてデザイナーとして理事に就任したダグ・パウエルはそう話します。同社は12年から、エンタープライズサービスがクラウドへ移行する背景もあり、「自社のソリューションを売るスタイル」から「顧客と一緒にスピーディーに顧客体験をデザインする」会社へと変貌を遂げようとしています。

製品部門のデザイナーを土台に、社内の様々な部門や顧客との「共創を促すファシリテーター」としてのデザイナーを戦略的に増やしてきました。エンジニアとデザイナーの比率を13年の1:33から1:8にすることを目標に、すでに3年で1000人以上のデザイナーを新たに採用しています。

「100年以上存続できているのは”変革への寛容さ”があり、忍耐強く、そして回復力の強い企業だから。その強みを感じます」(パウエル)

IBMではロメッティCEOによるサポートもあり、重役1000人以上がデザイン思考ワークショップを体験する日を設けました。また、独自のデザインプロセスとして、顧客と共創型のデザイン思考とリーンスタートアップを組み合わせたプログラムを開発し、自社のトレーナーを育成しています。

特に印象的だったのは、10年後に顧客、自社の半数を占めるデジタルネイティブ世代にとっての働きやすい環境の提供を目指すという思想。人工知能(AI)「ワトソン」などのプラットフォームを持ち、その価値を高めるために顧客や人材を取り込む手段として、働く体験自体をリデザインしようとしています。

「人々は変化していて、働き方も急速に変化しているため、人の”新しい見方”が必要です。そして、人を理解し、人のための体験を作ることにたけているのはデザイナーですから」(パウエル)

独ソフトウェア大手SAPも変革の手段としてデザイン思考を活用したグローバル企業です。直近5年で全世界の売り上げを1.4兆円から2.7兆円まで2倍近く伸ばした背景に、デザイン思考がありました。同社のデザイン思考への取り組みは04年からと早いのが特徴です(デザイン思考で知られるスタンフォード大学d.schoolは、同社創業者のハッソ・プラットナーの個人資産の寄付により設立された)。

「ハッソ・プラットナーは創業時、顧客の経理部に赴き、隣に机を借りて、顧客から『どういう機能が必要か』を聞きながら、ソフトウェアを実装していった。そんな創業時の精神を取り戻すんだ、と力を入れたことがきっかけです」(SAPグローバルイノベーションオフィス・小松原威)

主力の統合基幹業務システム(ERP)が顧客との距離が生んでいることへの危機感を持っていたプラットナーは自ら、まず”隗より始めよ”とコーポレート戦略部門に数十人のデザイナーを入れ「自社の未来を創造すること」から始めた。続いて、R&D部門の取り組みを経て、グローバルの営業部門による顧客へのデザイン思考のアプローチへとスタイルを変えていきました。

十数年かけて組織変革を進めてきたことで、今では全社員がデザイン思考のトレーニングを受け、非デザイナーである営業チームもデザインプロセスを活用したソリューション型営業により、営業期間の短縮とプロトタイプの納品で大きな案件も取得できるようになってきました。

また、売り上げ増の理由に、新型データベース「HANA(ハナ)」を中核とした新ビジネスの急伸があります。その業績の伸びを支えた新規事業を生んだのも、デザイン思考型組織(イノベーションセンター)の設立にあります。

大規模な変革が難しかったドイツ本社ではなく、シリコンバレーの地でイノベーションセンターを設立し、プラットナーの直下で自由に新製品開発をさせました。売り上げの1割以下だったERP以外の製品がいまや6割近くとなっています。

さらに、そこで生まれた新しい文化を本社にフィードバックしていくやり方は日本企業が学ぶべき点だと思います。

「イノベーションは辺境からしか生まれませんから。ただ大企業であれば、本丸を変えなければいけない。現在、シリコンバレーとドイツという境目もなくなりつつある。シリコンバレーで育った30代がいいポジションで本社に行くことや、ドイツで採用した人をシリコンバレーで働かせ、その後ドイツに戻すというキャリアパスもある」(小松原)

「我々は世界中の顧客のビジョン作りをファシリテートし支える、顧客向けイノベーションチームです」

そう話すのはセールスフォース・ドットコムのマリオ・ルイーズ。14年2月に世界で開始した「Ignite」という顧客向けのイノベーション支援プログラムのグローバルトレーナーです。このプログラムは、顧客とともに3カ月間、ソリューションデザインチームが「デジタル・トランスフォーメーション(事業の構造的変革)」という顧客の経営課題に対し、課題の可視化、解決策のプロトタイプ化を行う取り組みです。「顧客と共創し、その先の顧客・従業員視点であるべき姿へと変革していくために、プロトタイピング化を行い、具現化するための取り組みだと言えます」

顧客の経営課題に一緒に取り組むことで変革を生み出していく中で、デザイン思考はイノベーションを立案する手段となっています。

ルイーズはこうした取り組みを通じ、新しいスタイルのデザイナー像を提唱しています。

「デザイナーは経営課題という複雑なテーマを共創というスタイルで課題を可視化しながら、手を動かしカタチにしていくという文化を提供し、変革の支援をする人ですね」

これら3社のケースに共通することは、デザイナーという職種を越え「広義のデザイン」を戦略的に活用するという経営戦略です。変化し続ける環境への組織の適応力を上げるために文化を変え、自社の強みである「プラットフォーム」の価値を高めて、顧客に変革のソリューションを提供しているという点です。

組織文化の変革に必要な5つの手段

今回、3社を取材して感じた1つ目のポイントは、「プラットフォームの価値の最大化」という観点です。米IBM、独SAP、米セールスフォース社は全社レベルで顧客体験改善のためにユーザー共創によるデザイン思考を導入し、自社のプラットフォームの価値を高めるために、顧客をはじめ良いパートナーを巻き込んでいく手段として使っています。つまり、プラットフォームに新しい価値を乗せていきたい企業が、次々と分野を超えた共創環境に取り組んでいると言えます。

2つ目のポイントは、社内のサイロ(組織の壁)を超えたり、社外との共創を促進するファシリテーター的な役割を果たす存在としてデザイナーを再定義している点。そして、イノベーション戦略を実行する戦略部隊とみなして大規模にデザイナーを採用、育成する動きが見られることです。デザイナーを大規模採用したIBMでは、共創を促進できるデザインシンカーと形に落とし込めるデザイナーの双方を合わせてデザイナーと呼んでいます。

こうした動きは、社内外を統合できる共創ファシリテーターとしてのデザイナーシンカーをどれだけ揃えられるかが、プラットフォーム企業にとって競争優位性となってきていることを意味しているのではないでしょうか。

3つ目のポイントは「共創による文化をいかに組織に落とし込むか」という点。そして「組織文化をどのように作っていくか」という点だ。デザイン思考による顧客起点のプロセスやプロトタイプ作りという原則をOSとして活用しつつ、3社ともに自社の事業や組織に合わせてカスタマイズしています。組織文化作りという点でも、米IBMは米系企業の特色を生かし大量採用や新部署といった大胆なリストラクチャリングを仕掛けています。

それに対し、独SAPは労働法上の規制が厳しく日本型雇用に近いため、10年以上の時間をかけ全社に浸透させました。セールスフォースは「Igniteチーム」を発足させ、グローバルトレーナーが世界規模でトレーニングを実施しています。

こうした3社の取材から見えてきたのは、組織文化の変革に必要なツールとその施策群です。以下の5つです。

(1) 自社の事業領域や事業プロセスに合ったデザインプロセスの整備とデザインシンカーの組織作り

(2) 変革媒介者(カタリスト)としてのファシリテーター人材の採用・育成

(3) 変革文化を伝播するための研修プログラム

(4) 全社共通のデジタルツールや可視化・プロトタイピングの支援チーム

(5) 顧客とプロトタイプの価値を体感した上で、具体化する展示場・実験スペースのデザイン

筆者が参加したシンギュラリティ大学のエクスポネンシャル(等比級数的)に事業を伸ばすデジタル時代の企業経営の考え方に「エクスポネンシャル・オーガニゼーション」があります。

企業が持つべき10の経営資源、外部経営資源として(1)オンデマンド型人材、(2)コミュニティ、(3)アルゴリズム、(4)外部資産の活用、(5)エンゲージメント─。内部経営資源、(6)インターフェイス、(7)ダッシュボード、(8)実験、(9)自律型組織、(10)ソーシャル技術─にも「デザイン×経営」の流れは合致しています。

世界的企業の新しい動きは、デジタル、オープンといった創造文化を組み合わせながら、組織文化を変えるために、”現代の「変革の武器・鉄砲」”である「デザイン思考」という共創を促進するためのテクノロジーを、”自社流の鉄砲隊に変えていく”取り組みと言えるでしょう。そして、一発逆転の手段というよりも、じわじわと文化・風土を変えることで「イノベーティブな組織」へと変え、有機的な経営の変革の引き金を引くことを目的としていると言えるのではないでしょうか。こうした動きから日本企業が学ぶべきことは多いと思います。