txt:ふるいちやすし 構成:編集部

いざ、ロンドンでの映画祭に臨む

前回のアジア国際映画祭に続いて、ロンドン・フィルムメーカー国際映画祭(International Filmmaker Festival of World Cinema London 2017)の報告をしよう。前にも言ったが、この映画祭は派手さはないが映画やクリエイターの次のステップを考えたネットワーク作りに重きを置いている映画祭で、ロンドン以外でもミラノ、マドリッド、ベルリン、ニースなど、ヨーロッパの主要都市各地で催されている人気の映画祭だ。

会場は四つ星ホテルで、大きくはないが三つの上映室と参加者が交流を図れるようにロビーが開放されている。そこで丸々一週間やるのだからある意味超豪華だ。今まで参加した映画祭の中では最も人とじっくり話せ、身のある出会いができたと思う。映画祭が企画してくれるパーティーやネットワークミーティングなどもあり、バイヤーやディストリビューターと直接話し合いができ、質問などにもしっかり答えてくれたのだが、そういった人やクリエイターが毎日誰かしらロビーにいるので、私も毎日通って親交を深めた。実際、その中の数人のディストリビューターとは世界配信に向けての交渉が始まり、今現在も進行中だ。

パーティーは夜中まで続いていたようだが、何分高級ホテルだ。私はとてもじゃないけどそんなところに一週間も宿泊できず、少し離れた場所の安ホテルにいたため最終電車を逃すわけにはいかなかった。確かにそのホテルに泊まるに越したことはないのだが、一週間もあるのでもうお腹いっぱいなくらい話せるし、実は会場のあるエリアよりも私が滞在していたケンジントンエリアの方が個人的にも馴染みがあり、地下鉄での通勤(?)も楽しかった。

集客を効果的に行うために

そしてその間に勤しんでいたのが、上映日への集客だ。遠く離れた異国の街でだ。簡単なことではないし、ホテルでたまたま出会った人やコインランドリーのおじさんにまで声をかけた。地下鉄に乗る時にはわざとパンフレットのページが見えるように開いていたり、出来る限りのことをした。

幸運にも我々の上映日は後半だったので、まずは参加者に見てもらえるように、あらかじめ用意しておいた上映日時の入ったフライヤーを配り、映画の内容を説明したり、逆に相手の映画も見て感想を言ったり、そこで大きな力を貸してくれたのがグラフィックデザイナー、高橋ケンイチ氏によるメインビジュアルだ。フライヤーの他にも大きなバナーもあり、パンフレットでもその独特の美が各国のクリエイターの目を引いた。そこに写る女優たちの表情、砂川さやか氏による毛筆の題字も相まって、そこから話が弾むことも多々あった。ただしバナーとパンフレットのページは有料で、結構な費用が掛かったのだが、これはせっかく行くからには有効な投資だったと思う。

さらに用意したフライヤーには私の連絡先やフィルモグラフィーまで書いてあり、一度の出会いを無駄にしない努力をした。先月のアジア国際映画祭もそうだったが、日本の映画祭にはそういう出会いが非常に少ないと感じている。それと共に出品者による集客意識も絶望的に欠けている。一人でも多くの人に観ていただくということももちろん大切だが、そこから拡がる出会いとコミュニケーションこそが映画祭に参加する意味なのだ。そういう意味では賞は二の次だし、賞のためだけにロンドンくんだりまでわざわざ行ってたのでは授賞しなかった時の虚しさはいかばかりだろうか。

同行した役者たちにもそう伝えて、自分の英語版プロフィールを用意するように言っておいた。自分の気に入ったテイストを持つ作品があったら、その監督やプロデューサーが傍らにいるのである。英語が話せなくとも。「Let’s work together someday(いつか一緒にやりましょう)」と言ってそれを渡すだけで、ひょっとすると何かが起こるかもしれないのだ。そして自分たちの演技は上映される作品で見てもらえる。こういう状況は映画祭ならではのものだろう。

だからやっぱり参加した方がいいし、参加するからにはちゃんと準備をしていくことが大切だ。もちろん作品のDVDもたくさん準備はして行ったが、こればかりはそうそうばら撒くわけにはいかない。よっぽどの事情や上映時間が重なっていて、それでもどうしても見て欲しいと感じた人やディストリビューターに限りこっそり渡した。実際、現在進行中のディストリビューターはこのパターンで映画祭が終わってから見てくれて、コンタクトをもらった。とにかく、プロモーションの機会はたくさんある素晴らしい映画祭だと思う。それだけにいろいろ想定して準備をして行くべきだし、今回はそれがうまくいった。

上映初日の反応はいかに?

いよいよ迎えた上映の日。来てくれたのはやはり出品者が中心で一般のお客様は決して多くはなかった。これは映画祭の広報が一般に向けてあまり拡がっていないというのが正直なところだろう。この映画祭は今のところクリエイターのための、文字通りFilmmaker Festivalと呼ぶべきものだ。それは今の自分にとってはありがたい、実質的な成果を生み出すチャンスを与えてくれるものだった。

上映後の反応は思いの外良く、メッセージも確実に伝わったという実感があった。特に下仁田町の風景と役者達の演技は好評で、役者たちが長い時間とり囲まれて質問責めにあっていて、中には涙ぐんで賞賛してくれている人もいた。言葉の壁を乗り越え、伝わったことを実感した印象的な光景だった。彼女たちは私の誇りだ。

最終日の授賞式、二の次だとは言ったが少しは期待もあった。私たちは5つの部門(監督、主演女優、主演俳優、音楽、ヘアメイク)でノミネートされていたが、席も一番後ろで次々と他の作品に最優秀賞が決まってゆく中、最後の最後に、なんと最優秀監督賞(長編外国語映画部門)を戴いてしまった。これには心底驚いた。

監督賞というのは唯一よく分からない賞だ。なぜなら監督の仕事というのは映画に映っていないからだ。審査員たちが何を見てその監督を最優秀としたかが分からない。強いて言うなら作品全体なのだろうし、それはもう作品に与えられた賞、或いはチームに与えられた賞と言っていいと思う。トロフィーを受け取った後、一番後ろのテーブルの役者たちに、そして日本で待つスタッフたちに向けて「This is our prize(これは我々の賞だ)」と叫んでしまった。心からの言葉だし、最優秀賞は逃したとはいえ、残りの4部門のノミネートも変わらず光栄なことだと思う。まあ、監督が代表して戴いておくことにしよう。