日産自動車社長を退任するカルロス・ゴーン氏(ロイター/アフロ)

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 2017年春闘は、自動車大手各社にとって悲喜こもごもの結果となった。

「組合員の活力とグループの一体感、経済の好循環などを考え合わせた結果」(トヨタ自動車・上田達郎常務役員)

 自動車や電機などの大手企業が3月15日、労働組合へ一斉に回答した。トランプ米国政権の発足など、世界経済の先行き不安定要素が強まるなか、デフレ脱却を目指す政府が企業に賃上げを要請する官製春闘の動向が注目された。

 今春闘で自動車メーカーの各労組は、賃金体系を底上げするベースアップ(ベア)を前年と同水準の月額3000円を要求したところ、水準は低いものの、全社が4年連続でベアを実現した。自動車総連の相原康伸会長は「4年連続でベアを実現できた」と評価した。

 春闘相場のリード役であるトヨタは、ベア相当分として前年実績を200円下回る1300円で決着した。トヨタは今期(2017年3月期)、為替差損や労務費などの増加の影響で営業利益が前年同期比35%減の1兆8500億円と、金額ベースで前年同期より1兆円減益になる見通し。さらに、保護主義を掲げるトランプ政権の発足や英国のEU離脱など、世界経済の先行きは不透明だ。このため、トヨタ経営側は「賃金水準は十分高い」と認識があり、業績が悪化していることもあって一律のベアには当初から否定的だった。

 しかし、デフレ脱却に向けて物価上昇と賃上げをセットで実現することを目論む安倍政権は、4年連続のベア実施、しかも前年を上回る水準の賃上げを企業に求めていた。当然、春闘の相場役であるトヨタの回答に対する政権の期待は大きいが、トヨタとしても大幅な賃上げに踏み切れない事情があるのだ。

 それはトヨタが相場づくりのリード役だけに、政権にいい顔するため大幅な賃上げを打ち出した場合、中小企業などがついていけず、大企業との格差がさらに開いてしまう。だからといって賃上げを渋れば労働者のモチベーションにも影響しかねない。

 そこでトヨタは裏技を使う。ベア1300円とは別に、21年1月までに段階的に引き上げる予定だった家族手当の子供1人当たりの支給額引き上げを今年4月に前倒し実施することにした。これはベア分として月額1100円に当たり、ベアを加えた賃金改善分としては2400円となる。これによって賃上げを求める政権に配慮する姿勢を示すとともに、従業員の士気向上を図りながら、ベアとしては1300円として中小企業との格差が開かないように配慮した。

●ゴーン日産社長の巨額報酬

 一方、自動車メーカーの今春闘の賃上げの回答で最も注目されたのが、日産自動車の動向だ。日産は昨年の賃上げ交渉で、従業員のモチベーションアップなどを理由にベアを月額3000円の満額回答を実施したが、今春闘では前年の半額となる1500円で決着した。

 日産が今回、満額回答を見送ったのは、今期の業績が減収減益の見通しなためだ。また、日産はメキシコに米国市場向け工場があり、メキシコから米国へ自動車の輸出を批判しているトランプ米政権の経済政策が不透明なことも理由のひとつとみられている。さらに「カルロス・ゴーン氏の日産の社長兼最高経営責任者(CEO)の退任が影響している」(経済ジャーナリスト)と指摘する声もある。

 ゴーン氏は4月1日付けで、日産の社長兼CEOを退任して代表権を持つ会長に就任する予定。そのゴーン氏の日産の役員報酬は年間10億円を超える。世界トップクラスの自動車メーカーであるトヨタの豊田章男社長の報酬が3億5000万円で、これと比べても高額。

 しかし、ゴーン氏は「世界トップクラスの人材を確保するためには、競争力のある報酬が必要」と説明するものの、社内外から批判の声は絶えない。ゴーン氏はフランス・ルノーからも8億円を超える報酬を得ている。昨年4月の株主総会では、ルノーの大株主であるフランス政府が高額な役員報酬を批判、株主総会で54%の株主がゴーン氏の報酬について議案に反対し、業績連動部分の2割を削減した。

 日産が昨年の春闘で満額回答するなど、業界他社を上回る水準としているのは、ゴーン氏が「ひとりだけ高額報酬を得ているとの批判を和らげることを狙いにしている」との意見がある。

 日産は昨年10月、三菱自動車工業と資本提携した。そして昨年12月に開催した三菱自の臨時株主総会で、ゴーン氏は三菱自の会長に就任すると同時に、三菱自の役員報酬総額の上限を、それまでの3倍となる30億円に引き上げる議案を提出、了承された。今後、ゴーン氏は、社長兼CEOから退任するのに伴って「日産の役員報酬を減額する一方で、今度は三菱自から高額な役員報酬を得る考えでは」(業界筋)とみられている。日産での自身の高額な報酬に対する批判を抑えることが可能となると判断、今春闘では業界他社と足並みを揃えるかたちでの現実的な賃上げ路線に切り替えた模様だ。

●ホンダも高水準の賃上げ

 このほか、米国や中国などの新車販売が伸びて今期の世界販売台数が過去最高となる見通しのホンダのベアは、前年実績を500円上回る1600円で決着、自動車業界ではトヨタ、日産を上回った。ホンダは前期、欠陥エアバッグによるタカタのリコールなどの関連費用を計上した影響で業績が大幅に悪化した。今期は一転して業績が好調に推移していることから従業員に還元する。

 ホンダの八郷隆弘社長もトップに就任してから今年6月で3年目に入り、経営に独自のカラーを打ち出そうと躍起になっている。従業員の支持を得るためにも、高い水準の賃上げに踏み切ったとみられる。
(文=河村靖史/ジャーナリスト)