始祖鳥の化石(撮影=オフィス ジオパレオント)

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 3月18日から6月11日まで、東京・上野の国立科学博物館で「大英自然史博物館展」が開催されている。本連載第2回では、この企画展における「化石をもっと楽しむための話」をお伝えさせていただこう。この企画展に行く前に、あるいは行った後に(もう一度行くために)読んでいただけると、より楽しめるはずだ。

●世界の至宝が日本にやってきた! その数370点

 東京・上野の上野公園内にある国立科学博物館では、1年に何度も企画展が開催されている。読者のみなさんの中にも「恐竜展に行ったことがある」などの経験をお持ちの方もいるだろう。もし「幼い頃に行ったことはあるけれど、そういえば最近はご無沙汰だったな」という方は、企画展云々を抜きにしても、もう一度訪ねる価値はある。21世紀に入ってから、この博物館は大規模なリニューアルを行っており、前世紀とは別物といっていいくらい“進化”を遂げているのだ。

 さて、今回の企画展である。イギリスの首都・ロンドンにある「大英自然史博物館」のコレクション展示をテーマとする企画展だ。

 大英自然史博物館は「ロンドン自然史博物館」とも呼ばれる。英語名はシンプルに「National History Museum」。もともとは「大英博物館(British Museum)」の自然史部門の分館であり、その歴史は130年を超える。日本でいうところの明治時代の初頭から集められた、動植物、化石、鉱物などの標本は8000万点におよぶとされ、質・量ともに世界屈指を誇る。

 今回、その大英自然史博物館が“世界巡回展”を行うという。そして、その最初の会場に選ばれたのが、日本の国立科学博物館である。この企画展のために来日した標本数は約370点。

 まず、大英自然史博物館が海外に標本を貸し出すということ自体が珍しい。ロンドンの同館を訪ねたことがないという方にとっては、ロンドンに行かずして世界屈指のコレクションを見ることができる、またとない機会といえよう。また、過去にロンドンの同館を訪ねたことがあるという方も、今回は上野に行かれることをおすすめする。なぜなら、今回来日する標本の多くは、実はロンドンにおいても「常設展示はされていない」からだ。

 世界の「至宝」ともいわれる所蔵品の数々。これを見逃したら、きっと後悔するに違いない。

●頭部はどこ? 超レアな始祖鳥化石の秘密

「始祖鳥」という動物の名を聞いたことはないだろうか。学名は「Archaeopteryx」。学校の教科書にも化石の写真が掲載されている、あの鳥類である。今回来日した化石は、ドイツのジュラ紀後期(約1億5000万年前)の地層から1861年に見つかった。いわゆる「恐竜時代の真っただ中」の化石である。今回の化石は、所蔵場所から「ロンドン標本」と通称される。ちなみに、教科書によく載る化石は「ベルリン標本」で、ロンドン標本とは別個体だ。

 始祖鳥の骨格化石は、これまでに十数体が公式に報告されている。いずれも、ドイツのジュラ紀後期の地層から見つかったものだ。ロンドン標本は、その中でも最初に報告された骨格標本にあたる。

 ロンドン標本が報告された1861年は、「進化」という概念がまさに誕生した時期だった。1859年にチャールズ・ダーウィンが『種の起源』を出版した(ダーウィンの直筆原稿も今回展示されている)。当時、宗教界を巻き込んで「進化」という考え方をめぐり、大激論が交わされていた。そんな時代に報告された始祖鳥の化石には、爬虫類と鳥類の両方の特徴があった。まさに、“進化のミッシングリンク”を埋める存在と見られたのだ。必然的に、大きな注目を集めることになる。

 さて、これほどまでに重要な始祖鳥化石、しかもその最初の骨格化石が、なぜ産地であるドイツではなく、イギリスの博物館に所蔵されているのだろうか?

 実は当時、ドイツの研究者はこの始祖鳥の価値を正確に把握できなかった、と伝えられる。そのため、この記念すべき骨格標本はロンドンに持ちこまれたというわけである。その後、すぐにドイツにおいても始祖鳥の価値が認識され、ロンドン標本よりものちに発見された始祖鳥化石の多くは、ドイツ国内の博物館が所蔵することになる。その意味で、ロンドン標本は「レアな始祖鳥化石」ということもできる。

 また、化石の保存状態もいい。全身の一部だけが残った始祖鳥化石もある中、ロンドン標本は“ほぼ全身”が保存されている。ぜひ、会場でじっくりとロンドン標本を観察してみてほしい。美しい骨の質感や羽根の痕跡に眼を奪われたら、あなたは立派な“こちら側”の素質のある方だ。展示は、尾が手前、翼が奥になるように配置されている。手前に尾羽、尾の骨、脚……順番に見ていこう。しかし頭部を探すとなると、そう簡単には見当たらない(はず)。

 腰のあたりに細かな筋状の骨があることに気づかれるだろうか。これは、上顎の骨である。また、少し離れたところ、母岩に切れ込みのあるところに、小さな丸い骨が落ちている。実は、これが「脳函(Brain case)」である。脳函とは、脳を保護していた骨のことだ。発見当初、ロンドン標本には頭部が欠けているとされていたが、実は頭部において重要なパーツである脳函が残っていたことが、のちに判明した。学術研究の最前線では、この脳函をCTスキャンにかけて分析することで始祖鳥の飛行能力などが議論されている。これらの骨は、会場で並んで展示されているネガ・ポジ標本のうち、右側の標本で確認しやすい。

「最初は頭部がないと思われていたけれど、のちに脳函が見つかった」

 この逸話を覚えておいて、会場のロンドン標本のそばで上映されている映像を見てみよう。映像制作者の遊び心が伝わるはずである。

●イカにそっくりな謎の生物の正体とは?

 もちろん、始祖鳥化石だけが見どころというわけではない。たとえば、入口のすぐ近く、大英自然史博物館のホールを模した展示室の左奥に「頭足類の化石」が展示されている。

 何気なく見ているだけでは通過してしまいそうだが、これが実はかなり貴重な標本である。

 頭足類とは、タコ類やイカ類の仲間たちのグループで、絶滅したものではアンモナイト類がこれに含まれる。展示されているのは、アンモナイト類と同じく絶滅したグループで、ベレムナイト類という頭足類のものだ。

 ベレムナイト類は“恐竜時代”の海で栄えた動物で、魚竜類などの海棲脊椎動物の餌として生態系を支えた。見た目は現在のイカとそっくりだが、体内に硬質・円錐形の“殻”を持っている。通常、化石として残るのはこの殻だ。

 しかし、展示されている標本は触手まで残っている。これがまず珍しい。「そうはいっても、イカっぽくてあまり珍しくないよ」という方は、その触手に並ぶ黒い構造に注目してみよう。現在のイカの触手には吸盤が並んでいるが、ベレムナイト類の触手には“かぎ爪”があったのだ。こうした微細構造まで確認できるということは、この標本がかなり高品質であることの証拠である。「質」という点で、今回の展示品の中では始祖鳥化石と並ぶ筆者のイチオシだ。

●イグアノドンの歯と「化石婦人」の生涯

 歴史的な標本も数多い。そのすべてを紹介すると、ものすごく長い原稿になってしまうので、あと2点にとどめておこう。

 ひとつは、植物食恐竜・イグアノドンの歯である。会場では、ちょこんと展示されているので見逃してしまうかもしれない。しかし、恐竜好きには「押さえてほしい」逸品だ。

 1822年、イギリス人医師のギデオン・マンテルがこの歯の化石を発見した。彼はこれがイグアナの歯に似ていることから「〜の歯」を意味する「〜odon」と組み合わせて「Iguanodon」と名づけた。この段階では、実はイグアノドンが「恐竜」であるとは認識されていなかった。いや、そもそも「恐竜類」というグループが、当時は認識されていなかった。

 その約20年後、イグアノドンを含む3種の爬虫類化石にもとづいて、「恐竜類」という分類群名が創設される。小さなこの歯は、のちに世界中の人々が関心を寄せることになる恐竜たちの研究史において、その最初期に報告され、恐竜類グループの創設を支えたものなのだ。

 もうひとつは、メアリー・アニングのコーナーを紹介しておこう。メアリー・アニングは19世紀に活躍した化石収集家だが、彼女自身はプロの研究者ではない。しかし、次々と良質な化石を発見し、それらをロンドンの専門家に供給し続けた。彼女なくして、特にイギリスにおける古生物学の歴史は語れない。「化石婦人(Fossil Woman)」と呼ばれ、ロンドンの大英自然史博物館にも肖像画が飾られている。

 企画展では、その肖像画と彼女が見つけた魚竜類の化石などが展示されている。そして、肖像画をよく見ると左手で何かを指差している。

 そばにいる犬? いや、違う。彼女の一生をまとめた『メアリー・アニングの冒険』(朝日新聞社/吉川惣司、矢島道子著)によると、実は石の下にあるアンモナイトの化石を指しているという。実に「化石婦人」らしい1枚なのだ。

 魚竜化石も、細部まで保存されたさすがのクオリティだ。並ぶクモヒトデやサメ類の歯化石も素晴らしい。想像してみてほしい。今から150年以上も前、イギリスの海岸で1人の女性が、これらの標本を見つけた。そして、ロンドンにいる学界の重鎮たちと譲渡をめぐる交渉を重ねていく……。映画のようなワンシーンが思い浮かばないだろうか?

 駆け足で4点だけ紹介したが、もちろん、これは一端にすぎない。古生物分野だけでも、「恐竜類」という言葉をつくったリチャード・オーウェンの「ケサイの大臼歯化石」や「モアの全身骨格」、近代地質学の父であるチャールズ・ライエルが研究した「コケムシ化石」や「『地質学原理』の初版」、そのほかにも持ち主が不幸に襲われてきたという「呪いのアメジスト」、チャールズ・ダーウィンの「直筆原稿」と彼の本来の“専門”でもある「カメノテ」(フジツボ)の標本、世紀の贋作事件「ピルトダウン人の頭骨」など、“価値がわかる人”にとっては垂涎の標本が並んでいる。その意味で、個人的には事前の予習をいつも以上におすすめしたい企画展である。

●来館は金曜夜が狙い目!「始祖鳥のせんべい」も

 企画展の最後には、ギフトショップが設けられている。

 このギフトショップでは、ぜひ図録の購入をおすすめする。この図録、おそらく企画展に慣れた方であれば、筆者と同じ感動を味わっていただけると思う。なにしろ、ハードカバーである。これほどしっかりとした装丁の図録は、なかなか珍しい。

 図録内には、標本写真が簡単な解説とともに掲載されている。この写真が鮮明で美しい。各ページのデザインは統一され、さながら「大英自然史博物館コレクション写真集」である。同じく同店内で販売されている始祖鳥のせんべいでもつまみながら、ゆっくりとページをめくり、感動の再確認といきたいところだ。

 なお、訪問のおすすめは金曜日の夜。通常、国立科学博物館は17時の閉館(ゴールデンウィーク期間中は18時)だが、金曜日と土曜日は20時まで開いている。筆者の体感にすぎないかもしれないが、金曜夜は子どもや団体観光客が少なく、大人がゆっくり楽しめる時間となっている(土曜夜については筆者は未確認である)。プレミアムフライデーならずとも、金曜夜に上野に足を運ばれてみてはいかがだろう。
(文=土屋健/オフィス ジオパレオント代表、サイエンスライター)