国際社会の非難をよそに、ミサイル発射実験を繰り返す北朝鮮。そんな中、安倍首相に極めて近いとされるジャーナリストが一部週刊誌に、アメリカによる「金正恩暗殺計画」について寄稿し話題となっています。メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』ではこの記事の信憑性を検証するとともに、「北を止める2つの方法」と日本が担うべき役割について記しています。

トランプ政権が金正恩「暗殺作戦」に踏み切るとの情報は本当か? 安倍首相の側近記者が煽る危険な戦争シナリオ

安倍晋三首相とその官邸に「最も深く食い込んでいる」と言われる元TBS記者のフリー・ジャーナリスト=山口敬之が『週刊文春』3月30日号におどろおどろしく書いているところによると、

去る2月の安倍・トランプ「ゴルフ外交」では北朝鮮情勢について相当突っ込んだやりとりが行われた。……別荘とゴルフ場の間の移動は安倍首相とトランプが同じ車に乗り、同乗したのは双方の通訳だけという場面が、合計で60分ほどあった。……具体的な車内でのやり取りについて安倍首相は、「絶対に話せない」と周囲に述べている。……だがこの場で、「武力行使も辞さない」と公言しているトランプの新しい対北朝鮮政策の衝撃的な内容がつぶさに伝えられた可能性が極めて高い。その衝撃的な内容を官邸中枢は、次のように語る。「一言でいえば金正恩『斬首』計画。つまり金正恩を実力で排除することにほかならない。……最新情報を総合すると、現在トランプが想定している「北朝鮮への先制攻撃作戦」は……主眼はあくまで「金正恩斬首」に置かれ……空爆は「断末魔の反撃」を抑えるための「司令システムへの限定空爆」であり、空爆の対象は20から40カ所程度。米軍による攻撃を警戒している金正恩は、地下150メートル程度の地下居宅など複数の強固に防護された施設を転々としているようだ。米軍はその動きをキャッチしたうえで、「隠れ家」そっくりの施設をつくり、特殊部隊による突入訓練を繰り返していた。これが実行された場合、日本はどうなるのか。「軍事上は、先制攻撃後の朝鮮半島の混乱状態に米韓と連携して対応することが求められます。北朝鮮による断末魔のミサイル攻撃もありえます。仮にVXを搭載したミサイルが東京などに着弾した場合、数万人規模の死者がでる可能性もある」……「ここまできて、トランプが何のアクションも起こさないという可能性は、限りなくゼロに近い。もう後戻りはできない」

「」で引用されている発言部分は、「政府関係者」と「官邸中枢」であって、いかにも信憑性が高そうである。しかし、これでいくとトランプと安倍首相はすでに、イラクのサダム・フセインの地下司令部を空爆したり、パキスタンの隠れ家にいたオサマ・ビン・ラーディンを特殊部隊が襲ったりした、あのタイプの作戦を北朝鮮に対して強行することに合意し、踏み切っていることになる。本当なのか?

北を止める2つの方法

北朝鮮のミサイル実験はますます頻繁に行われるようになっていて、16年には2月から10月までに17回と、ほぼ月2ペースで行われた。選挙中に「北朝鮮と話し合う用意がある」と言っていたトランプが当選したのでしばらく様子を見ていたようだが、今年に入って発射を再開。これらを通じて、失敗に終わった例も少なくないけれども、SLMB(潜水艦発射弾道ミサイル)の水中発射、準中距離のノドン改良型の4発同時発射、ICBM(大陸間弾道ミサイル)用かと思われる新型大出力エンジンの燃焼実験など、それなりに技術の向上が図られていて、このまま進めば数年中にも米本土に到達するICBMを実戦配備することも可能になるだろう。

これを阻止する方法は、大きく分けて2つあって、1つは暴力的手段で金正恩を抹殺し、北朝鮮を国家崩壊させることも辞さずに叩き潰すというイラクやリビアに対して行った方式。もう1つは平和的手段で、北が先々代からずっと望んできたように、38度線の休戦協定を恒久的な平和協定に置き換えて国際法上の戦争状態を解消し、相互軍縮と信頼醸成のプロセスを進める中で米朝の国交樹立交渉を開始し、北の「いつ米軍に核攻撃されるのか分からない恐怖心」の根本原因を取り除いてやることである。

言うまでもなく、後者が人の命もお金も無駄に失われることがないベストなシナリオであって、まずはこれを追求することが道理にも(トランプがお好きな)コスト計算にもかなっているはずだが、安倍首相とトランプがそれを話し合った気配はない。とすると、前者の暴力的手段しかないことになるが、これにも実は濃淡があって、最悪なのは、かつてペンタゴンが描いたような全面的な先制攻撃作戦で、これは地下深くまで潜って行って爆発するモグラ爆弾で金正恩を爆殺し、同時に反撃を許さないために700カ所の攻撃目標を設定して司令機能やミサイル基地を一挙に壊滅させるという途方もない戦争シナリオであった。

こんなことがすべて一遍にうまく行くはずがないから、金正恩を殺し損なったり、重要なミサイル基地を潰せなかったり、必ず漏れが出る。すると部分的な反撃のリスクに晒されながら、攻撃の成果を衛星と偵察機で確認しつつ第2波、第3波の攻撃をかけて1つずつ潰していくことになって、恐らく収拾は数週間から数カ月と長引き、その分、犠牲が出続ける。

そこで、上述の(2)(3)で言われているのは、空爆を20〜40カ所に限定した上で、特殊部隊が突入して金の身柄を押さえるという短期決戦型のシナリオである。そうは言っても(4)で言われるように、漏れの程度によっては「断末魔のミサイル攻撃」を受けて日本でも「数万人規模の死者が出る可能性」があるのはもちろんのこと、韓国や北朝鮮では何十万、何百万の人が死ぬことになるだろう。つまりこれは、どちらにしても、まるっきり馬鹿げたシナリオで、安倍側近記者が官邸の誰に聞いたのかは知らぬが、この「斬首作戦」なるものの妥当性を自分の頭で判断することなく、「こんなすごいことが安倍政権中枢で検討されているのだ」と、嬉々として書いているのには呆れ果てる。

「宮廷クーデター」というややソフトな方法

空爆プラス特殊部隊突入という戦争シナリオは、かなり上手くいった場合でも、破れかぶれの反撃による犠牲の拡大、難民の大量流出、国家崩壊による北のシリア化など、あらゆる悪いことの連鎖が起こりうるから、韓国はもちろん中国も、一貫して断固反対である。

これを巡って93〜94年の第1次核危機の時から米中韓の間でずっと繰り広げられてきた議論の1つの行き着く先は、北の政治指導部と軍部に一定の影響力を持つ中国が、その人脈を活用して「宮廷クーデター」を決行するという、まあ何と言うか、(犠牲が少ないという意味で)ベターなシナリオである。

実は、それを中国と謀っていたのが金正恩の叔父の張成沢で、彼らの構想は正恩に替えて正男を据えて改革・開放路線に転換することを目論んでいた。が、そのことを正恩に知られて張は13年末に虐殺され、その庇護下にあった正男も今年になって殺されてしまった。しかし、中国はまだ、正恩を「平和的に」除去して、正男の息子などをカードにクーデターを仕掛けるシナリオを捨てていないと言われる。

もちろん中国は、そんな荒事を軽々に発動したくない。だから事あるごとに、「北朝鮮の(核・ミサイル)問題は、米朝間の話し合いで解決すべきことだ」と言い続けている。何のことかと言えば、それは米朝で平和協定を結んで、対立の基本構図そのものを除去したらどうですか、それが一番安上がりでしょうに、という意味である。それに対して米国は「中国がもっと大きな役割を果たすべきだ」と言っていて、その意味は「そろそろ中国シナリオの宮廷クーデターの出番ではないのか」ということである。

4月の習近平訪米では、この辺りの微妙極まりない北朝鮮対策が話し合われるはずで、そこでは暴力的解決一本槍のような単純な話になるとは考えられない。中国は、戦争を避けるように言い、米国は、ならばどうやって正恩を鎮めるのか、それが無理なら彼を除去するのかの見通しを問うだろう。日本は、本当は、その硬軟両様の微妙な話に噛み込んでいなければならないのだが、山口記者の記事を読む限り、単純な暴力的手段の発動を煽る立場のようである

北のミサイルが降ってきたら?

米国の暴力的手段の決行を支持した結果、何が起きるか。上述(4)で山口が引用する「政府関係者」は、いけしゃあしゃあと、「軍事上は、先制攻撃後の朝鮮半島の混乱状態に米韓と連携して対応することが求められます。北朝鮮による断末魔のミサイル攻撃もありえます。仮にVXを搭載したミサイルが東京などに着弾した場合、数万人規模の死者がでる可能性もある」と語っているが、これこそが日本政府として絶対的に回避しなければならない最悪事態ではないのか。

「混乱状態に米韓と連携して対応」と言うが、実はこの対日ミサイル攻撃を防ぐのは思いの外、難しい。昔のように、固定式発射台で何時間もかけて液体燃料を注入して準備して、乾坤一擲、その1発だけが発射されるというのとは違って、今や北のほとんどのミサイルは移動式車両や潜水艦から発射されるようになっていて、しかも予め固体燃料を装着していて、即時かつ同時に何発でも発射出来るので、事前に察知することは極めて困難である。

しかも日本のミサイル防衛システムは同時多発攻撃にはほとんど無能で、日本海に浮かべたイージス艦のSM3にせよ、それをくぐって地表に迫ってきた敵ミサイルを撃つPAC3にせよ、正面から飛んでくる1発か2発を迎撃するのであればまだしも、即時かつ同時に複数の目標に向かって撃たれた場合にそれらを斜めや横から撃ち落とすことは不可能で、それはより高高度の迎撃を受け持つTHAADを配備したところで同じことであって、1基1,000億円のTHAADをどれだけ並べれば安全が確保できるのかは、実は誰にも分からない。

そこで、ええい、面倒だとばかり、いっそのこと「敵基地攻撃能力」を備えて日本が独自に北朝鮮に先制攻撃を加えようという単純稚拙な議論に走っているのが自民党である。2月に同党内に発足した「敵基地攻撃能力の検討チーム」は今月中にも、その能力を備えるべしとの提言を予定しているが、専門家はそれに否定的である。

3月6日の参議院予算委員会の公聴会に公述人として出席した山口昇=国際大学副学長/元陸将は、それについて問われて、「そのことがよく議論になるが、法律的にどうかということはさておいても、技術的に簡単なことではない。どこを攻撃するかの情報がなければならないし、破壊した後に結果を確認する手段も持たなければならない。一国でそれが出来るのは米国くらいだろう。監視、警戒、効果確認の膨大なシステムを作ることになる」と、冷ややかにたしなめた。

従って、まずは米国を説得して暴力的な斬首作戦の発動など絶対に止めさせなければならないが、どうも安倍首相は違う方向に暴走しそうな気配である。

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『高野孟のTHE JOURNAL』

著者/高野孟(ジャーナリスト)(記事一覧/メルマガ)

早稲田大学文学部卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。現在は半農半ジャーナリストとしてとして活動中。メルマガを読めば日本の置かれている立場が一目瞭然、今なすべきことが見えてくる。

出典元:まぐまぐニュース!