ザック政権以降、日本代表で背番号「10」をつけた選手たち

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ワールドカップ予選でUAE相手にリベンジを果たし、グループBの2位をキープした日本代表。

3位につけるオーストラリアがイラク相手に引き分けたことで勝ち点差は「3」にまで広がったが、それでも気が抜けないという状況に変わりはない。28日(火)に行われるタイ戦に勝利し、勝ち点を積み重ねたいところだ。

そんな日本代表で背番号「10」をつけた選手の顔ぶれは、どんな感じなのだろう?

もちろん、過去を振り返ればラモス瑠偉や名波浩、中村俊輔といった選手たちの名が思い出される。しかし2010年ワールドカップの終了後、つまりアルベルト・ザッケローニ監督が就任してからそのナンバーを背負った選手は5人しかいない。

あなたはその全員の名をお答えになれるだろうか?

1. 香川 真司

2008年5月、「平成生まれの選手」として初めて日本代表に招集された香川。A代表デビューはコートジボワールとの国際親善試合であり、この時は背番号26をつけてプレーした(長友佑都も同じ試合でA代表デビューを果たしている)。その後中村俊輔から受け継ぐ形で、2011年のアジアカップや2014年のワールドカップ、2015年のアジアカップでも背番号「10」を背負って出場した。ザッケローニ政権以後、基本的には香川が招集されない場合のみ他の選手に10番が手渡されている。

2. 家長 昭博

東日本大震災の直後に行われたJリーグ選抜とのチャリティーマッチで、日本代表の10番を背負ったのが家長だった。72分、乾貴士との交代でピッチに登場すると、そのちょうど10分後に三浦知良のあのゴールが生まれている。なお、家長のA代表デビューはイヴィツァ・オシム時代のペルー戦(2007年3月)。この時の背番号は16番だった。

3. 藤本 淳吾

2012年2月、ザッケローニ監督から背番号「10」を手渡されたのが藤本淳吾だ。この時日本は“ハンドスプリングスロー”で話題となったアイスランドとの国際親善試合で3-1と勝利するものの、その後に行われたW杯予選でウズベキスタンに0-1と敗れている。日本代表として13試合に出場している藤本は、他に11番や14番をつけてプレー。Jクラブで唯一「10」をつけたのは清水エスパルスだ。

4. 森岡 亮太

ハビエル・アギーレ監督の初陣となった2014年9月。多くのニューフェイスがメンバー入りするなか、日本代表の10番に抜擢されたのが森岡亮太だった。森岡はウルグアイとのゲームで89分から出場しA代表デビュー。森岡はこの年の10月にも日本代表メンバーに選ばれているが、当時の背番号は「16」だった。なお、現在はポーランド1部シュロンスク・ヴロツワフで10番を背負う。

5. 興梠 慎三

興梠の初招集は、2008年10月。キリンチャレンジカップのUAE戦で玉田圭司に代わってA代表デビューを飾った。2011年を最後に日本代表から遠のいていたが、ヴァヒド・ハリルホジッチ監督によって東アジアカップ2015に向けた代表メンバーに選ばれ、4年ぶりの招集を受けた。「13」や「30」の印象が強い興梠だが、この時手渡された背番号が「10」。これまでA代表で16試合に出場しているが、未だゴールはない(リオ五輪では1得点を奪っている)。