川島永嗣(撮影:佐野美樹/PICSPORT)

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2007年2月、イビチャ・オシム監督は日本代表候補合宿に2人のニューカマーを招集した。それが名古屋から川崎に移籍したばかりの川島永嗣と、流通経済大学生だった林昭宏だった。川島は23日のUAE戦で再び日本代表のゴール前の座を手にした。一方、林はまだキャップを手にしていない。

林は悔しさを滲ませる。UAE戦を前にヴァイッド・ハリルホジッチ監督は緊迫した様子だったらしい。「でも、そこで選ぶ選手は自分じゃない」。2015年11月17日のアウェイ・カンボジア戦では出場できるだろうと張り切った。だが、そのときも監督のチョイスは林ではなかった。

林は選ばれない理由を自分で探し続けている。UAE戦でも前半の川島が1対1を防いだシーンを見て「こんな防ぎ方があるのか」と気付いたそうだ。「一歩ずつしか身につかないし、身につかないと出場はない」と迷いなく語り、初代表招集から11年目の今年に願いをかけている。

川島は代表GKについての「安定感の川島、高さの林、キックの西川」という分類を聞いて、苦笑いをした。UAE戦でポジションを取り戻した心境はどうか。川島は「安定感だけじゃゴール前には立てない」という。「やっぱり自分の攻める気持ちとかそういうのが大切だと思っています」。その自分らしさを忘れずプレーしてきたからこそ、川島はぶれずに再びピッチに立てたのだろう。

「では『安定感の川島』ではなくて、『攻撃の川島』ならいいですか?」。川島にそう聞くと、笑いながら「そこはお任せします」と少し満足げな表情を浮かべていた。この自分の信じた道を突き進んでいる2人に加え、GK3人の中では最も早い2006年8月、初めて代表に召集された西川も、このまま終わるわけはないだろう。

【日本蹴球合同会社/森雅史】