2017年3月場所で逆転優勝した稀勢の里(画像は日本相撲協会HPから)

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左肩付近を負傷した稀勢の里が、大関・照ノ富士に本割と優勝決定戦で連勝し、横綱として最初の場所を優勝で締めくくった。

この「奇跡の優勝」に日本中が沸き立ったが、今回の稀勢の里の「強行出場」には、是非を問う声があがっている。

稀勢の里「足は元気だから、足で何とかしようと」

2017年の大相撲3月場所、稀勢の里は12日目まで全勝と絶好調だった。ところが13日目、横綱・日馬富士との取組みで、左の肩から腕にかけて負傷、初黒星を喫した。

14日目は横綱・鶴竜に正面からぶつかるも左腕が全く使えず、一方的に寄り切られて2敗目。この時点で1敗の照ノ富士を追う立場になった。翌27日付「スポーツ報知」が掲載した稽古場での稀勢の里の写真には、握り拳より大きな青あざが左の二の腕に浮き上がっていた。

千秋楽、照ノ富士との決戦前、NHKの解説、元横綱・北の富士は「(稀勢の里は)無理でしょう。出てきただけで偉い」とコメント、誰もが左腕が使えない稀勢の里の敗戦を予想していた。

稀勢の里の作戦は立ち合いで右に動くことだったようだが、これは立ち合い不成立とみなされ、仕切り直しとなった。次には逆に左に動き、食い下がる照ノ富士を最後は突き落としで土俵にはわせた。稀勢の里の想定外の勝利に館内は割れんばかりの賞賛の嵐となった。稀勢の里自身、26日夜に出演した「サンデースポーツ」(NHK)で、動いたねらいについて「足は元気だから、足で何とかしようと必死でやった」と、手負いの中での「作戦」を振り返っている。

だが、この一番をめぐって議論が起きた。前日、照ノ富士も関脇・琴奨菊相手に立ち会いで右に動き、はたき込みで勝ち星を手にしていたが、大関の「変化」に会場からはすさまじいブーイングが起きていた。NHK解説の尾車親方も「(照ノ富士は)力の無い力士じゃないんだから、まっすぐ行ってほしかった」と苦言を呈した。北の富士も「(照ノ富士の変化は)コメントしようがない。せっかく盛り上がっているのに水を差された。(ブーイングは)当然飛ぶだろう」と不満を隠さなかった。

照ノ富士も「(膝が)やばかった」

実は、このとき照ノ富士も左ひざを痛めていた。3月26日付「スポーツ報知」によると、前日13日目の鶴竜との取組み後「(膝が)やばかった」と古傷の左ひざを痛め、14日目の朝稽古は途中で切り上げて治療を受けた。変化した琴奨菊との取組みでは、右膝の2倍のテーピングを巻いて臨んでいた。

同じような状況下で同じような立ち合いを選んだにもかかわらず、14日目の照ノ富士と、千秋楽の稀勢の里とで真逆とも言える評価になったため、ツイッター上では疑問が出た。中には、照ノ富士がモンゴル出身であることに触れるものもあった。

「照ノ富士の変化はダメで稀勢の里のそれは許される風潮は納得いかない」
「昨日の照ノ富士の変化はブーイング。今日の稀勢の里のは、館内大拍手。日本人として恥ずかしい」
「変化で勝つのは全然ありで、非難されるべきことでは全くないと思うんですが、照ノ富士が変化すると『モンゴルに帰れ!』で、稀勢の里が変化で決定戦に持ち込むと『日本人横綱素晴らしい!』ですか。正直、稀勢の里も気の毒ですよ」

伊集院光「矛盾を感じる」

「奇跡の逆転優勝」へのブーイングはこれだけにとどまらない。

けがを押しての稀勢の里の強行出場をめぐっては、タレントの伊集院光さんが3月27日放送の「伊集院光とらじおと」(TBSラジオ)で、第89回選抜高校野球(センバツ)での「エースの連投問題」と比較した。26日にはセンバツ2試合が延長15回で決着がつかなかった。そのうち、福井工大福井の摺石達哉投手は193球、福岡大大濠の三浦銀二投手は196球を投じており、中1日を挟んで28日の再試合でも先発登板が有力視されている。

伊集院さんは「高校野球で球数を相当投げて、投手生命を縮めているんじゃないかという議論が前々からずっとある。高校生に無理させちゃいけないんじゃないかと」とした上で、

「でね、(高校野球と大相撲を)並べてスポーツニュースを見てるとすごく感じることがあった。もちろん高校生とプロフェッショナルを同列に比べちゃいけないけど、けがを押して出てあの中で逆転優勝する稀勢の里への思い入れと、無理して投げるエース投手への思い入れってものは、高校野球のピッチャーを『無理しすぎてる、けしからん』っていう口のまま稀勢の里をほめちゃってるから、矛盾を感じる」

と、同じように体に無理をさせながら出場する両者への評価の違いに触れた。

強行出場によるけがの長期化について、大相撲を40年見続けている作家・星野智幸さん(51)は26日のブログで言及。照ノ富士は、2015年9月場所終盤で右ひざ前十字靭帯を損傷しながらも強行出場を続け、これが前出の「古傷」の原因とされている。星野さんは「私はこのとき無理に出場しなければ、もう少し怪我は軽く済んだのではないかと思っている」とした。さらに

「稀勢の里の怪我が致命傷でなくて、また元通りの相撲が取れるようになることを祈るのみだ」

と憂慮している。