3月23日のUAE戦に勝利し、ロシアW杯本大会出場へまた1歩前進した日本代表。28日のタイ戦にも勝って、さらに勝ち点を積み重ねてほしいところです。

 タイ代表との試合はホームの埼玉スタジアム2002で行なわれますが、連戦の疲労を考慮してスターティングメンバーを入れ替える可能性も十分あると思います。その中で私が注目しているのが、浦和レッズに所属する槙野智章選手です。先日、ある番組でじっくりお話を聞くことができました。


高い身体能力を活かし、CBとSBの両方をこなす槙野 photo by AFLO 昨シーズン、J1のリーグ戦29試合に出場した槙野選手は、リーグ最少失点(28失点)に抑えた浦和DF陣の中心として、チームの年間勝ち点1位獲得に大きく貢献しました。また、2年連続でベストイレブンに選出され、今回のW杯最終予選でも日本代表にDFで招集されています。その槙野選手、実は、サッカーを始めた頃のポジションはFWでした。

 広島県広島市で生まれ育ち、紫のユニフォームを着てサンフレッチェ広島の試合を観に行くことをなによりも楽しみにしている子どもだった槙野選手。そんな槙野少年がサッカーをやっていた2人の兄の影響もあって、サッカーを始めたのは7歳の時でした。

 ただ、当時通っていた小学校のサッカー部には4年生からでないと入れないというルールがあったため、1年生から参加できる隣町の小学校のサッカークラブに入部しました。このとき、槙野選手は自分で隣町にあるその小学校まで交渉に行き、入団テストを受けて合格したといいます。三つ子の魂百まで。少年時代から、今のプレースタイル同様アグレッシブだったのだなと思いました。 


photo by Yamamoto Raita 小学校6年生の時にはFWとして出場したフジパンカップ広島県大会で3位。小学校卒業後はサンフレッチェ広島のジュニアユースに入ります。当初は同期の森重真人選手(現FC東京/日本代表)と2トップを組んでいたそうですが、3年生の時、月岡利明監督(元レノファ山口監督)から「ディフェンダーをやってみないか?」と言われたことで、その後のサッカー人生が大きく変わることになりました。

 その時は、ちょうどDFが不足していたらしく、槙野選手は「試しにやってみるか」くらいの軽い気持ちで引き受けたそうです。すると、自分が想像していた以上にうまくプレーできて、そのままDFへの転向を決意します。

 ポジションを変えることに抵抗もあったのではないかと思いきや、槙野選手は「むしろ、このコンバートはありがたかったです。FWとしてはプロで通用しないのでは?と考え始めた時期で、自分の武器はなんだろうと悩んでいましたから。新しいポジションで、サッカーを見つめ直すいい機会になるかもしれないと、前向きにとらえていました」と、このときも今と同じくポジティブ思考だったのです。

 その後、広島ユースに進んで高校2年時からセンターバックとして活躍。2006年にはトップチーム昇格を果たしました。そして、翌シーズン途中から徐々に出場機会を増やしていき、レギュラーに定着。その後、2010年にドイツブンデスリーガのケルンへ移籍しました。2012年からは再びJリーグに活躍の舞台を移し、加入した浦和の中心選手となっていきます。

 槙野選手は、自分のことを「DFW(ディフェンスフォワード)」と言うように、攻撃への意識を高く持っています。ところが、最近はその意識に変化が出てきたといいます。

 ここ数年、浦和で優勝争いを続けるなかで、「失点しないことに喜びを感じている」と語った槙野選手。以前は「たとえ失点しても、点の取り合いになって自分がゴールを決めて勝てればそれでOK」と考えていたそうですが、「1-0で勝つほうが快感になった」と考え方が変わってきたのです。

 また、高い身体能力を活かした1対1の強さが評価されている槙野選手は、182cmと日本人選手としては大柄ですが、実は小学生時代はあまり背が伸びず、整列する際は常に一番前だったそうです。「両親も2人の兄もそんなに背が高くない」という槙野選手に、なぜそこまで背が伸びたのか理由を聞くと、それは「当たり前のことですが、食事でした」とのこと。

 広島ジュニアユースのころ、親子で一緒に栄養学を学ぶ講義があり、そこでのアドバイスを忠実に守って食事を摂るようになってから、ぐんぐん背が伸び始め、中学2年生の夏に20センチほど一気に伸びたそうです。朝昼晩の3食を基本に、練習の前と後にもしっかり食べる。特に練習後は30分以内に食事を摂るようにするため、おにぎりを毎日4つくらい持っていって食べていたといいます。お菓子などの甘いものの誘惑に負けそうなっても、そこはぐっと我慢して努力を続けた結果、アスリートとしてのフィジカルの基盤が築かれたのでした。



photo by Yamamoto Raita 槙野選手は守備で相手と対面した時、「絶対抜かせない!」と強く自分に言い聞かせます。それは、ユースで指導を受けた森山佳郎コーチ(現U-16サッカー日本代表監督)の「気持ちには引力がある」という言葉を大事にしているからこそ。ユース時代から、「プロサッカー選手になる」「日本代表になる」といったさまざまな言葉を紙に書き、家の天井や壁などに貼り、それをひとつずつ実現してきたのです。

 その習慣は現在も継続しており、今、壁に貼ってあるのは「日本代表になる」という言葉。すでに実現した目標ではありますが、2010年の南アフリカW杯、2014年のブラジルW杯では出場できなかった槙野選手は「メンバー発表の前は毎回ドキドキで、今も本当に緊張する。日本代表でプレーすることは自分にとって永遠に夢です」と熱く語っていました。もちろん、「来年のロシアW杯こそ……」という想いは誰よりも強いはずです。

 メディアへの露出が増え、派手なパフォーマンスに注目が集まりがちな槙野選手ですが、サッカーに真摯に向き合う姿勢は、広島の紫のユニフォームを着てスタジアムへ行っていた少年時代のまま。吉田麻也選手や森重選手ら、UAE戦で先発したチームメイトとのポジション争いは熾烈ですが、スタメンの座を奪うような槙野選手の活躍に期待しています!

■ロシア ワールドカップ アジア地区最終予選
日本 × タイ
3月28日(火) よる7時〜
※一部地域除く

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