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反対する共和党下院議員を脅迫する大統領

 「I'm gonna come after you」(お前らを追いかけ回すぞ)

 次の選挙で「お前らを追いかけ回して、落っことしてやるからな。そう思え」という意味だった。

 発言の主はドナルド・トランプ米第40代大統領。場所は立法の府、米連邦議会議事堂、上院と下院とを分けるドーム下のロタンダ(円形広間)。数人の下院議員に向かって言ってのけた。

 選挙公約の最重要課題であるオバマケア(国民健康保険改革)廃止に伴う共和党提案に異議を申し立ててた一部下院議員に放った暴言だ。与党内から出ている反論に怒り心頭に発したのだろうが、行政府のトップが立法府の議員に向かっていうべき言葉ではない。

 大統領選の時から言いたい放題を言ってきたトランプ氏が「思ったことを腹にしまっておけない」性格なことはすでに米国民は分かっている。が、それでもこの暴言はいただけない。

FBIの否定もなんのその、「オバマは俺を盗聴していた」

 それだけではない。

 トランプ大統領が「オバマ前大統領は選挙中にトランプ選挙本部を盗聴していた」とツィートしたのは3月4日。

 米連邦捜査局(FBI)のジェームズ・コミー長官自らが議会での証言で「それを裏づける証拠は見つかっていない」と全面否定しているにもかかわらず、2週間以上その発言を取り消そうとはしていない。

 大企業目線で保守的な論調を旨とするウォール・ストリート・ジャーナルですら3月22日付け紙面で「A President's Credibility」と題する社説を掲げ、「トランプの欺瞞は国内外での大衆の信頼を失っている。事実を軽視すれば、国民はトランプを偽大統領と見なすようになる」と警告している。

 なぜ、そうまでして言いたいことをTPOをわきまえずに言い、自分の思い込んでいる「間違った事実」を頑なに堅持しようとするのか。

 その謎を解く1つのカギを提供してくれている本が出ている。今回紹介する本書、「A Big Agenda: President Trump's Plan to Save America」(重要なアジェンダ:トランプ大統領のアメリカ救済計画)だ。

 一言で示せば、「トランプ大統領の勝利は保守主義の復権であり、革命なのだ。目指すは個々の政策ではなく、保守イデオロギーの復権にある」ということ。

 その意味では事実関係がどうのこうの、ごちゃごちゃした枝葉末節などうっちゃっておけというのだ。

 トランプ大統領をはじめトランプ陣営の面々にとっては「バイブル」とまで言われている本だ。この本の書評を書いているのは保守系メディアだけ。トランプ大統領が対決するニューヨーク・タイムズほか主流メディアは完全に無視している。

かって黒人過激派を支援した論客はなぜ「転向」したのか

Big Agenda: President Trump's Plan to Save America by David Horwitz Humanix, 2017


 筆者は「米国でも屈指の保守主義扇動者」と評されているディビッド・ホロウィッツ(78)。

 両親は生粋の共産主義者。その影響を受けて1956年から75年までニューレフトの旗手と言われてきた。70年初頭には黒人過激派組織「ブラックパンサー」に共鳴し、運動資金集めに奔走した。

 当初は、ソ連のヨシフ・スターリン(ソ連共産党書記長)に傾倒するが、厳しい粛清・殺戮を繰り返すスタリーンに失望して共産党を脱党する。

 長い沈黙ののち、1994年の大統領選には保守派のロナルド・レーガン共和党候補に1票を入れたのを機会に左翼から右翼へ転向した。

 「ウィキーリーク」編集長ジュリアン・アサンジ氏のインターネット番組に出演したホロウィッツ氏は転向の動機についてこう述べている。

 「共産主義者の言うユートピアは理想に過ぎない。人間というものはそれほど崇高なものではない。自己中心的であり、嘘つきであり、欺瞞だらけだ。スターリンがそのいい例だ。共産主義者というものは他の人間を裏切り、貶める」

 「人間は宗教心がなければ、ユートピアを求めてナチスか共産主義に走る。しかし権力の座についたとき、独裁者に化ける」

 「私はその恐ろしさを知っている。私は最初からオバマは隠れ左翼だと思っている。その証拠にオバマ政権内部には左翼の危険人物が張り込み、アメリカを骨抜きにしようとしている」(リンク)

レーガンの時より「保守革命」実現のチャンス

 本のタイトルを見る限り、トランプ大統領が目指す個々のプランを伝授しているかのような印象を与える。しかし、中身はむしろトランプ政権の政権たるゆえん、つまり「トランプ革命」の本質を論じている。

 「トランプ氏の2016年大統領選挙での勝利は歴史的番狂わせ以上の意味合いがある。この勝利は、大規模な政治的、経済的、社会的革命の始まりを意味しているからだ。それは米国を変え、世界を変えるだろう」

 「トランプ政権は、就任100日のうちに大統領令を次々と発布する。その第1弾は、グエンタナモ捕虜収容所の再開、キーストンXL*、恩赦拒否。そして連邦最高裁判事や地方裁判事の指名。さらにはオバマケア破棄、環境保護局の規模縮小、黒人向けの『ニューディール』政策だ」

*カナダから米国に原油を輸送する「キーストン・XLパイプライン」と米ノースダコタ州に敷設予定の原油パイプライン「ダコタ・アクセス」の建設を推進する大統領令。

 「与党共和党が上院の過半数を占めたことでトランプ大統領は、米国の政治的風景を作り直し、海外における米国の死活的な国益を確実なものにしたロナルド・レーガン(第40代大統領)よりもより大きなチャンスを手中に収めた」

 「トランプ大統領と共和党は今や、個々の政策を実現するために戦っているのではなく、保守主義のイデオロギーを復権させるために戦っていることを忘れてはならない。その反対勢力とは、米国のパワーと偉大さを弱体化させ、トランプ革命を阻止するためにラディカルなアジェンダを掲げて抵抗しようとする左翼どもだ」

 「大統領選という1つの戦いに我々は勝利した。しかし戦いはまだまだ続く。この本は、保守主義の復位を阻止しようとする左翼勢力とどう戦うかを書き留めたガイドブックだ」

米主流メディアが完全に無視してきた「もう1つの米国」

 日本のメディアが好んで引用する米メディアの主流の主張や論調とは、全く異なる「もう1つの米国」がある。その「もう1つの米国」の復権を目指す勢力が2016年の大統領選挙で勝利した。

 言い換えると、これまで馴染んできた「オバマの米国」が名実ともに「トランプの米国」に取って代わったのだ。

 その「トランプの米国」が「オバマ前政権によって大きく左に動いた時計の針を強引に右へ動かそうとしている」(カリフォルニア大学バークレイ校政治学教授)。

 その「トランプの米国」の本質は何か――。

 ともすれば、我々日本人には馴染みが薄い「もう1つの米国」。本書は、今、「分裂国家・米国」で何が起こっているのか、を知るための必読の書と言える。

筆者:高濱 賛