中井貴一の父である佐田啓二と岸恵子(映画『亡命記』より)
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 このほど開催された第12回大阪アジアン映画祭で「アジアの失職、求職、労働現場」と題した特集企画が設けられた。戦後の混乱期を必死で生きる人たちをとらえた野村芳太郎監督の『亡命記』(1955)をはじめとする作品からは、労働環境を巡るグローバルな問題が見えてくる。一方で本企画には、埋もれてしまう良作を救いたいという映画祭側の願いが込められていた。

 上映作品は、教育熱心な両親の意向に反してギャングの世界に魅せられている少年が主人公の『世界の残酷』(マレーシア)、高学歴者の就職難が取りざたされている韓国社会の生きづらさを描いた短編『夏の夜』(韓国)、同僚社員によるセクハラへの鬱憤から、深夜の卓球に打ち込む女性がヒロインの短編『ピンパン』(田中羊一監督)など。

 この特集についてプログラム・ディレクターの暉峻創三氏は「近年のアジア映画を観ていて、失職者や求職といった労働環境を描いた作品の中に傑作の率が非常に高く、このテーマでいけば秀作が集まるだろうと思いました。また、どこかの映画祭で選ばれるだろうと思っていたのに、上映されぬままになってしまった作品を特集というかたちなら救出できると企画しました」と説明する。

 通常、国際映画祭のコンペティション部門などへの応募は、製作年から1〜2年以内の新作が対象となり、時期を逃すと出品ができなくなってしまう。また日本では、2016年の興行収入シェア率が邦画63.1%に対して洋画36.9%(一般社団法人日本映画製作者連盟調べ)と洋画の低迷が続いており、国際映画祭の受賞作ですら日本公開に至らないことが増えている。無名監督によるアジア映画となるとなおさら日本公開への道のりは険しく、映画祭が貴重な上映の場となっている。暉峻氏は「大阪アジアン映画祭では短編部門がないため、2本の優れた短編も特集にはめ込むことで紹介しようと思いました」と続けた。

 35mmフィルムで上映した『亡命記』は、会場の大阪・うめだホールに映写機を2台運び込んだ。暉峻氏は選出理由について「『亡命記』は野村監督のフィルモグラフィーの中ではむしろ失敗作として位置づけられているが、自分的にはかなりの傑作だと思っています。内容的にも神戸から始まり、中国へ渡って、最後は南海電車で高野山へ登る。地元を舞台にした映画としても上映にふさわしいと思った」と語る。

 ただ上映素材を探したところ、配給の松竹にはプリントが存在しておらず、東京国立近代美術館のフィルムセンターから借りることに。英語字幕は独自で制作するなどいくつもあったハードルを超えて上映にこぎつけた。今年は、経済産業省が映像産業振興機構(VIPO)に委託して行っているJLOP(地域発コンテンツ等海外展開支援事業)の助成を受けて、海外ゲストを多数招待したこともあり、彼らに日本の名作に触れてもらうことで、海外での上映につながってほしいという思いもあったそうだ。

 暉峻氏は「これは世界的な問題で、アジア映画でもデジタル化されていない秀作が多数あり、10年ぐらい前の作品でもどこかの映画会社がデジタル化に動かないかぎり上映の機会が失われてしまう。かといって、プリントが残っていても上映機材と映写技師がいなければ上映できない。こういう問題を鑑みて、今後も35mmフィルムでの上映を行えたらと思ってます」と情熱をのぞかせ、早くも来年の開催に向けて企画を温めているようだった。(取材・文:中山治美)