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 『復讐者に憐れみを』『オールド・ボーイ』『親切なクムジャさん』、いわゆる「復讐3部作」により世界中で脚光を浴びたパク・チャヌク監督の最新作『お嬢さん』が、日本でも注目を集めている。

参考:菊地成孔の『お嬢さん』評:エログロと歌舞伎による、恐ろしいほどのエレガンスと緻密

 「このミステリーがすごい!」で第1位を獲得したサラ・ウォーターズの小説『荊の城』に基づいた『お嬢さん』は、ミステリー映画としても絶賛されていが、特に話題になっているのは本作における過激なラブシーンだ。

 R-18指定の本作では、女同士の性行為を描く場面が多く、「AVよりもすごい」との声さえある。とはいえ、美しい映像として描かれているため、女性観客もそれらのラブシーンを嫌悪感なく鑑賞できると言われている。しかし、「ラブシーンが多いにもかかわらず女性でも楽しめる」という意見に対して、筆者は違和感を抱いて仕方ない。というのは、その発言に「ラブシーンは男性の欲望を満たすために作られている」という偏見が潜んでいるからだ。

 『お嬢さん』において女性の“性”はどのように描かれているのだろうか? 注目を集めている女性同士のラブシーンがどのような意味を持っているのかを紐解いていきたい。

 三部構成の『お嬢さん』の舞台は、1930年代、日本統治下の韓国に設定されている。令嬢・秀子の莫大な財産を狙う藤原伯爵と呼ばれる詐欺師は、彼女を誘惑し結婚した後、精神病院に入れようという計画を立てた。その計画を実行するため、詐欺グループに育てられた少女スッキを雇い、秀子のもとで珠子という名のメイドとして働かせる。

 生まれた時に母親を亡くした秀子は、人里離れた土地に建つ和洋折衷建築の屋敷で、日本文化に熱中する支配的な叔父の上月と暮らしている。そこにメイドとして登場するスッキが、“お嬢さん”の哀れな存在に同情し、心惹かれてしまう。そして、秀子も少しずつスッキに心を開き、二人は深い関係を結ぶことになる。

 第一部の終わりには、藤原伯爵の計画通り秀子が精神病院に運ばれる。しかし、施設に入れられるのは“お嬢さん”ではない。一体騙されたのは誰なのか? これ以上物語の詳細は語らないが、ここで『お嬢さん』における性の意味を探りたい。

■女性を拘束する世界ーー『お嬢さん』における男性支配

 本作の大きなテーマは“自由”だと言えるだろう。あるいは、“与えられた役割からの逸脱”と言えるかもしれない。物語の中でそれは、騙す役/騙される役という形を取っているが、より広い視点から見ると、男性支配社会における女性の役割をも指していると考えられる。

 秀子は5歳の頃。叔父の屋敷に連れて行かれ、その叔父によって厳しく育てられてきた。その教育の基礎には日本語の読書訓練があるのだが、自殺した叔母に継いで、秀子は男性たちの前で、叔父が愛読するエロい本を読み上げさせられる。

 叔父と婚約している彼女は、屋敷から出ることを禁じられており、日本語で話すことを強いられている。つまり、彼女の身体も言葉も、男性の欲望に応えるために存在しており、その支配から逃れるためには、叔母と同じように自ら命を絶つしかない。

 そこで、藤原伯爵の登場が秀子に希望を与える。秀子は、藤原伯爵と結婚することで叔父の支配から逃れ、自由になれるのではないかと計画を立てる。しかし、藤原伯爵も秀子の財産と身体を手に入れたいだけであり、彼女を拘束しようとしているのだ。

■『お嬢さん』における自由への旅ーー女性同士のラブシーンの意味

 『お嬢さん』の世界では、女性が見られる存在、あるいは男性同士のあいだで交換される存在でしかなく、女性の性も、男性を喜ばせる以外の意味をもっていない。また性行為は、強制的異性愛に伴って、男性器の挿入という形しかありえない(叔父の部屋の入り口にある蛇の彫刻も男根の象徴だろう)。藤原伯爵によって発せられる「女というものは、力ずくの関係で極上の快楽を感じます」という言葉も、それを如実に語っていると思われる。

 このような世界では、女性同士の絆が自由へ導く唯一の道と言えるのではないだろうか。男性支配社会において男性たちは、男性の権力を保つべく、男同士の絆をゆるぎないものにするために、女性を交換される物として扱うのだ。しかし、『お嬢さん』では女同士の絆が男性支配制度を脅かし、その絆を成立させることで、秀子とスッキが拘束から逃れるようになる。本作におけるラブシーンも、強制的異性愛に反する性行為として、男性支配社会から逸脱する手段として機能しているのだろう。

■女性こそ鑑賞できる映画

 『お嬢さん』における女性同士のセックスシーンが話題となっているが、本作における女性の“性”の意味を理解せず、無意識的に「男性のために作られたシーン」として観ている人が少なからずいる。「女性観客でも鑑賞できる」という発言は、まさにその偏見を表しているのではないだろうか。『お嬢さん』は、男性の欲望を満たす映画ではなく、女性を拘束する制度からの逸脱を描く映画なのだ。そういう意味で『お嬢さん』は、「女性観客でも鑑賞できる」ではなく、「女性こそ鑑賞できる」というべき作品ではないだろうか。(グアリーニ・ レティツィア)