『キングコング:髑髏島の巨神』 (C) 2016 WARNER BROS.ENTERTAINMENT INC., LEGENDARY PICTURES PRODUCTIONS, LLC AND RATPAC-DUNE

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…前編「GACKTの声に存在感あり過ぎ〜」より続く

【映画を聴く】『キングコング:髑髏島の巨神』後編
戦闘シーンの合間にちりばめられた心憎い音楽的演出

キングコングを扱った映画としては2005年のピーター・ジャクソン監督『キング・コング』以来となる『キングコング:髑髏島の巨神』。舞台は1973年のベトナム戦争が終わった直後という設定になっている。クリーデンス・クリアウォーター・リバイバルやジェファーソン・エアプレインの楽曲を効果的に使いながら、本作は怪獣映画としてだけでなく、人間ドラマとしてもさりげなく、かついい感じに作り込まれている。

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音楽の使われ方で特に印象に残るシーンは2つある。1つは『地獄の黙示録』に由来するハンク・マーロウという名の髑髏島の住人にして第二次大戦の生存者が、主人公らのチームのクルーがポータブル・レコードプレーヤーでかけるデヴィッド・ボウイの「Ziggy Stardust」を聴いて「どこの世界の音楽だ」と驚くシーン。ボウイが演じた架空のロック・スター、ジギー・スターダストは、この島の先住民族たちにとってのマーロウであり、マーロウにとっての主人公たちである。

もう1つは、終盤でマーロウらがヴェラ・リンの「We’ll Meet Again(また会いましょう)」を口ずさむシーン。第二次大戦時に流行したこのスタンダード曲を一躍有名にしたのは、スタンリー・キューブリック監督『博士の異常な愛情』のエンディング・シーンだ。核爆発によるキノコ雲の映像をバックに流れるこの曲は、そのアイロニカルな演出とともに多くの人の記憶に焼き付いているが、本作では実にまっとうに、“家族との再会”を誓うマーロウの気持ちを代弁している。

とにかく戦闘シーンに次ぐ戦闘シーンで、息つく暇もない映画だが、間隙を縫ってこういった心憎い演出が散りばめられており、繰り返し見るたびに発見がありそうだ。来たるべき2020年の『GODZILLA vs. KONG』を楽しみにしながら、そんなディティールを反芻するのも楽しい。(文:伊藤隆剛/ライター)

『キングコング:髑髏島の巨神』は3月25日より公開中。

伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの 趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラ の青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる 記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。