「新たなデザイナー」たちが組織を変革していく

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Forbes JAPAN 4月号に連動する今回のインタビューでは、『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』の著者でBiotope・CEOの佐宗邦威氏が、IBMのディスティングィッシュド・デザイナーであるダグ・パウエルに話を聞いた。

IBMでは、今後のさらなる成長のために、デザイナーとエンジニアの比率を「1:30(2013年)」から「1:8」を目指し、デザイナーを1000以上採用してきた。彼らは、共創を促進できるデザインシンカーもデザイナーと呼ぶなど「新たなデザイナー像」を打ち出している。同社で初めて、デザイナーとしてエグゼクティブに就任したパウエル氏に、組織変革におけるデザイナーの役割について聞いた。[前編はこちら

佐宗 :IBMがデザイナーを1000人以上も雇用するのは、大きな投資です。なぜ、こうした投資を決断出来たのでしょうか。

パウエル : ここで大事になるのは「デザイナーが何人必要なのか」という質問です。4年前、このプログラムを設計している時に我々が行ったのは、デザイナーとエンジニアの比率に注目することでした。当時、IBMでは、デザイナー1人に対して、エンジニアは30人〜50人近くいました。これはデザイナーにとっては辛い比率です。このような場合、デザイナーは孤立し、最良なデザインが実施される環境ではありません。
 
では、良い比率とは──。これは最近のテック企業でもよくされる質問ですが、スタートアップやソーシャルメディア企業、モバイルアプリ企業では、デザイナー1人に対してエンジニアが3〜5人という比較的両者の数が近い値になっています。
 
IBMでは、デザイナー1人に対してエンジニア8人〜10人が健康的な比率だと思っています。では、どうすれば、「1:30」を「1:8」にできるのか。ここまで”問い”を落とし込めれば、あとは計算です。そこで我々は1000人〜1500人のデザイナーを新たに雇用することにしました。

佐宗 : なるほど。デザイナーとエンジニアの良いバランスを目標としていたのですね。

パウエル : はい。これまで1000人の新しいデザイナーを雇用し、買収した企業のデザイナー数百人も迎え入れたため、もうすぐ1500人に到達し、バランスのとれる状態になります。

佐宗 : こうしたデザイナーの増員やスタジオ構築などといった組織変革の中で、最も苦労した点はどこでしょうか。

パウエル : 苦労したことは沢山ありました(笑)。どのように行動を変化させるか、というどの企業も必ずぶつかる壁です。しかし、忘れてはいけないのは、IBMが自ら何度も変革してきた歴史を持っているということです。100年以上企業が存続できているのは、企業の変革に対する寛容さ、組織としての忍耐強さ、回復力の強さがあってこそです。これは我々にとっては、強みになりました。

IBM社員が懐疑的であっても、企業の歴史を振り返ると、メインフレームコンピュータからパーソナルコンピュータ、ビジネスソフトウェアからクラウドやコグニティブコンピューティングへの変貌を見ることができる。だから、IBMは素晴らしい企業なのです。この論理を使って説得してきました。

もう一つの論理は、世界の急速な変化という”外”へ目を向けることです。IBMは人々がより良く仕事ができるようにするためのテクノロジー企業ですが、組織や働き方も急速に変化しているため「新しい見方」をする必要がある。そして、人を理解し、人のための体験を作ることに長けているのは、デザイナーなのです。この2つの論理を組み合わせて、説得力を高めていきました。

佐宗 : その際に対象にした、世界の急速な変化として、具体的な事例をお教えください。

パウエル : 例えば、現在の労働人口に占めるミレニアル世代(2000年前後に成人になった世代)の割合は50%を超えました。この世代はデジタル・ネイティブであり、働き方に対して新しい態度をとっています。誰もが9時〜17時までオフィスで座って働いて帰宅したいわけではない。その働き方はとても流動的で、日常に織り込まれています。そしてそれは、常時持ち歩くデバイス(端末)を通して実現されています。

また、ミレニアル世代は、一度でも悪いユーザー体験をすると、二度と戻ってこない。その代わり、仕事をより良く、速くしてくれるような素晴らしい体験、人生を楽しむ時間を作ってくれる体験をすれば、そのテクノロジーを繰り返し使います。だからこそ、どのように楽しいユーザー体験をつくるかが鍵を握ります。

佐宗 : なるほど。IBMは、楽しい体験を求めるミレニアル世代の働き方に合わせて変えていかなければならないんですね。働き方は、場所、人、仕事など全てが変わっていく必要があります。いくつものレイヤーになっており、デザイナーを雇用すれば解決するという問題でもなく、複雑な課題だと思います。

パウエル氏自身、IBM初のデザイナーとしてのエグゼクティブになりましたが、グローバル大企業で働く中で、デザイナーとしての仕事に加え、よりマネジメントやビジネス関連の仕事が増えていると思います。ビジネスパーソンはデザイナーのように考えなければなりませんが、その逆もまた然りです。働き方は変わりましたか。

パウエル : 少しだけ変わりましたね。ただ、大企業の中でリーダーになるデザイナーは、デザイナーであり続けることがとても大事だと思っています。それがデザイナーの価値であり、ユニークな点です。

MBAやテクノロジーをバックグラウンドに持つ人材が出世していく例はたくさんありますが、デザイナーは特別な視点や考え方、問題系決方法を持っています。そして、それを失って他の人たちと同様に振る舞えばその価値を失います。デザイナーが企業の中で高い地位につきはじめたのは最近の話で、歴史も浅い。デザインリーダーの持つべきスキルは何か、と聞かれれば、それはデザイナーであり続けることでしょうね。

佐宗 :デザイナーのエグゼプティブはどのようにチームに貢献するのでしょう。

パウエル : デザイナーならではコアスキルは何か──。それはコラボレーターであり、コネクターであり、ビジュアライザーであり、ファシリテーターであり、多様な考えを持っていることです。
 
エンジニアは多様な考え方は得意ではありません。彼らは問題から解決までの”最短な直線距離”を探しています。一方で、デザイナーはあらゆるところを見て、多様な道を通り、驚くべきソリューションに辿り着きます。あらゆる重圧や期待、ビジネスゴールを設けられても、そのデザイナーとしての価値を失わないことが大切です。もちろんビジネス面も受け入れますが、クリエイティブな性質を失ってはいけません。

佐宗 : 日本企業のインハウスデザイン部門がいかに経営に入っていくかは大きな課題だと感じているのですが、デザイナーがテクノロジー企業でエグゼクティブとなることでどのような変化がありましたか?

パウエル: IBMはもっとアジャイルになると思います。今の世界について、ひとつ確実に言えるのは、変化がより速く起きているということです。我々はこれにレスポンシブにならなければいけません。デザイナーがより上の地位につけは企業がそのように変化し、ユーザーにフォーカスするようになります。
 
例えばデザイナーが創業したエアビーアンドビーをみると、全く新しい市場や常に変化する業界をつくっている。デザインを中心に組織を作っているからこそ、彼らは従来のホテルチェーンに対して、圧倒的な優位性を持っています。彼らはデザインドリブンな企業が新しい市場をつくるという絶好のケーススタディとなっています。ここにヒントがあると思います。

佐宗 : なるほど。では、ビジネスサイド出身のデザイナーのキャリアはどうなるのでしょうか。

パウエル: IBMが定めるデザイナーというポジションはこれまで、デザインの学校教育を受けていることが前提でした。これはデザイナーになるための重要な要素です。一方で、デザイン思考はとてもインクルーシブなので、デザイナーとして学校教育を受けていなくても、共創の大事さを理解しており、デザイン思考の優れたリーダーとなっている人たちは大勢います。前者はクラフツマン、後者はデザインシンカー、この両者は明確にわけていますが、ともにデザイナーと呼んでいます。

佐宗 : では最後に、日本IBMをはじめ、日本の大企業の多くが、デザイン思考を使って共創的でアジャイルな働き方を導入しはじめています。しかし、まだこの動きは初期段階にあります。こうした企業のマネジメント層に、デザインを通した変革の意義を説明するとしたら、どのようにおっしゃいますか。

パウエル : 変化する市場やユーザー、消費者を理解するために最適な方法で、チームの協働や組織のフラット化を促すことができる、と説明します。つまり、チームの全てのメンバーの意見を尊重することができる。

佐宗さんも経験があると思いますが、ポストイットなどを使ってビジュアルかつ入念なメソッドを使うことで、チームの全てのメンバーが貢献できる。リーダーがひとりいて、そこに役割や年功序列、ヒエラルキーが存在する従来の環境では、今日の世界では良くない結果を生みます。全てのチームメンバーの思考を引き出すために、デザイン思考はうってつけなのです。

佐宗:デザイナーが組織を変えていく、新しいデザイナー像を提示していただくとともに、ファシリテーター・ビジュアライザーとして変革を支援する仕事をしている自分にとってとても勇気をもらえた時間になりました。本当にありがとうございました。