五輪旗を振る柴田亜衣さん

 昨年10月からおこなわれている、五輪旗が都内などを巡る『東京2020 オリンピック・パラリンピックフラッグツアー』の歓迎セレモニー。スペシャルアンバサダーのTOKIOがこれまでに1人ずつ参加。12日にはメンバー最後の登場となる松岡昌宏(40)が出席、五輪旗を受け渡した。一般の人々とTOKIOのメンバーが触れ合う機会はとても珍しい。約半年におよび、それぞれの取材を通して見てきたその素顔に、彼らの人気の理由を垣間見た気がした。

 12日、松岡は葛飾区の堀切水辺公園でおこなわれたセレモニーに出席。TOKIOが都内でフラッグツアーのスペシャルアンバサダーとして1人ずつ回ってきた中で最後の登場だった。この日は「メンバー5人、それぞれの地区でこうやってフラッグツアーに参加してきました」とそのメンバーの今までのバトンのようなものに想いを馳せている様子が見受けられた。

 また、「今年の9月でデビューして23年経つのですが、やっと(TOKIOという)この名前の価値観というか、こういう名前でやってきてこのような場所に呼んで頂けたのかな、と思うと感慨深いです」とグループ名への愛着心をのぞかせ、TOKIOとしての活動を改めて振り返った。他のメンバーが2020年への熱量をそれぞれの個性で繋いできた、今回のフラッグツアー。最後のアンカーとなった松岡はその繋がれてきた想いを大事にしている印象だった。

 トップランナーは昨年10月22日、東京・八丈島でおこなわれたセレモニーに出席した、山口達也。八丈島にはサーフィンでよく訪れるという山口は「自分は八丈島が大好き」「2020年東京オリンピックでは、サーフィンが五輪種目になったので盛り上げていきたい」と語っていた。

 また、セレモニーではアンバサダーとして男子バトミントン元日本代表選手の池田信太郎氏が出席。ステージで山口とともに、バトミントンのデモンストレーションもおこなった。子供がはしゃぐようにバトミントンに打ち込む姿が印象的だった。

 山口からのバトンを繋いだのは、国分太一。昨年11月19日、東京・東久留米市で開催されたセレモニーに出席した。東久留米市は、国分の出身地で、この日式典に出席した東久留米市・並木克巳市長とは同じ中学校の先輩・後輩にあたるという。

 市の首長や、来賓に市の役員などが参列する公共の催し物は一般的にお堅いイメージがある。しかし、この日は国分が壇上で積極的に並木市長などに話しかけ、地元ネタを挟むスピーチで会場の雰囲気を和ませていた。

 続く城島茂は今年1月14日、東京・町田市でのセレモニーに出席。式典が始まるもマイクが繋がっていない機材トラブルに見舞われたが、「マイクテスト、テスト、期末テスト…」と“持ち前”の親父ギャグでカバー。テレビで見る“リーダー”像そのままに、一般市民を前に笑顔とボキャブラリー溢れる語り口で会場を盛り上げた。

 式典の最後に城島は「私は2020年に49歳になっています。半世紀生きる前に、東京オリンピック・パラリンピックを観れるのは大変嬉しいです。いくつになっても、自分自身現役バリバリでアイドルやっていきたいと思います、皆さん一緒に盛り上がっていきましょう!」と生涯現役を誓う姿は、日本の同世代にとって希望の光のように感じた。

 長瀬智也は1月29日、東京・北区のセレモニーに出席。その端正なルックスとは裏腹に積極的に周囲に気を使い、打ち解ける様子がとても好印象だった。

 長瀬は式典で、車椅子に乗ってバスケットボールのデモンストレーションに挑戦した。大きな声援を受け、長瀬が放ったボールは「スポッ」と直接ネットに。ノーバウンドで綺麗なショットを決めた。会場からも大きな拍手が巻き起こった。式典の最後におこなわれた記念撮影時には地元の幼いチア部とハイタッチをし、最後まで笑顔を絶やさなかった。

 最後のバトンは松岡に託され、松岡は「選手は最高のパフォーマンスを、僕らは僕らのできることをやって、全国みんなで盛り上げていけたら」と2020年への抱負を語り、繋がれたバトンと想いを大事に2020年への五輪の情熱へと昇華した。

 TOKIOは昨年大みそかに放送された『第67回NHK紅白歌合戦』で、ジャニーズとしては初となる東京都庁からの中継で「宙船(そらふね)」を演奏。放送前の30日におこなわれたリハーサル前の囲み取材で、国分は「スタート地である都庁から『宙船』で中継できるというのは、またちょっと東京五輪に向けて勢いづくんじゃないかな、と思います」と東京五輪を紅白でも盛り上げていく姿勢を見せた。

 さらに長瀬は「2020年の東京オリンピックに向けての想いも含めて演奏します」とアンバサダーとしての役割を意識したコメントを残し、城島は「スペシャルアンバサダーにも選ばれましたし、『輪』って大事だなと思いました」と2016年を五輪の「輪」という漢字1文字で表した。

 昨年から約半年、彼らを取材してきて感じたことはやはりそれぞれが個性的ながら、その場所や人を盛り立て、和ませる、アイドルとしての天性の才だ。そしてその個性が5人集まっても、どれも損なわれることなく、相乗的にいかんなく発揮されるのが、彼らが常にトップアイドルとして走り続けてこれた大きな要因の一つだろう。

 1994年にCDデビューして今年23周年を迎える。紅白にも23回連続出場を果たし、昨年末に解散したSMAPと並ぶ記録を持つ。昨年のSMAP解散について聞かれた松岡は「TOKIOがちょっと気を引き締めて頑張りたいという気持ちも出てきた」と話している。

 現在はテレビやラジオで彼らを見かけない日はない。もはや、国民的アイドルとしてその存在は確かなもので、TOKIOはジャニーズだけではなく、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向け日本全体を盛り上げていく大きな存在になっていくだろう。(取材=松尾模糊)