厚生労働省が強制捜査に入った電通本社ビル前に集まる報道陣ら(読売新聞/アフロ/片岡航希撮影)

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 電通社員の高橋まつりさんが自殺したのは、2015年12月25日だった。あまりにも厳しい労働条件による事実上の過労死だった。当時24歳の高橋さんがクリスマスに短い人生の幕を閉じたことを考えると、悲惨としかいいようがない。厚生労働省は昨年12月26日、「過労死等ゼロ」緊急対策を取りまとめたが、遅きに失したかたちになった。

 その緊急対策の内容といえば、(1)違法な長時間労働を許さない取組の強化、(2)メンタルヘルス・パワハラ防止対策のための取組の強化、(3)社会全体で過労死等ゼロを目指す取組の強化―が3本柱となっている。

「違法な長時間労働を許さない取組の強化」では、以下を打ち出している。

(1)新ガイドラインによる労働時間の適正把握の徹底
(2)長時間労働等に係る企業本社に対する指導
(3)是正指導段階での企業名公表制度の強化
(4)36協定未締結事業場に対する監督指導の徹底

 具体的には、労働者の「実労働時間」と「自己申告した労働時間」に乖離がある場合、使用者は実態調査を行うことなどを挙げているが、あまりにも企業実態を知らないといわざるを得ない。

 筆者の知っている企業では、社員に勤務時間を定時出勤、定時退社で届け出るように強制している。その上で残業を行う社員が高い評価(能力があるわけではなく、経営者のお気に入り)を得て、昇給する。半面、正確な労働時間を申告するようでは、昇給の見込みはなく、減給処分すらあり得る。ある程度の知名度の企業でも、経営者は平気でそういったことをする。

 使用者に実態調査を命じても、正しい結果など得られるわけがない。犯罪者に自分の犯罪の検証をさせているようなものなのだから。労働基準局などの政府機関がすぐに立ち入り検査をするなどの対応を行い、その上で問題があった場合には、企業名と経営者名を公表するべきだろう。

 メンタルヘルス・パワハラ防止対策のための取組の強化についても同様だ。複数の精神障害の労災認定があった場合に、企業幹部に対し長時間労働削減や健康管理、メンタルヘルス対策(パワハラ防止対策を含む)について指導し、その改善状況について全社的な立入調査により確認するとしているが、認識が甘い。精神障害の労災認定という犠牲者が出て、初めて指導に乗り出すのだ。これでは、防止対策ではなく、事後処理対策ではないか。

●賃金を人質

 そもそも、こうした企業の経営者は“賃金を人質”にしてパワハラを行う。パワハラが日常化している経営者の下では、幹部社員やお気に入り社員(いわゆる茶坊主社員)はパワハラ体質を引き継ぐものだ。こうした企業では、企業名と経営者名を公表し、社会的な信頼を低下させるという懲罰を与えたほうがよい。

 今回の緊急対策では、違法な労働時間が月80時間超で、過労死や過労自殺で労災支給決定したケースが2事業場に認められた場合に、企業本社の指導を実施し、是正されない場合に企業名の公表となる。こんなに生やさしい、企業経営者寄りの基準では、高橋まつりさんのような犠牲者が出なければ、企業経営者が労働環境を変えるようなことは起きないだろう。

 また、労働者から長時間労働などの問題について、平日夜間・土日に相談を受け付ける「労働条件相談ほっとライン」を開設するといった取組を行うことを打ち出しているが、最大の課題は従業員の匿名性が守られ、その上で労働基準局などが立ち入り検査を行い、勤務実態を把握し、企業と経営者に対して適切なペナルティを課すことだ。それが、事後処理ではなく、防止につながる。
(文=鷲尾香一/ジャーナリスト)